“さみしい”と、満たされて安心して眠れること【訪問看護ステーション開設83日目】
なぜこのタイトル画か、というとですね^^;
先日、90代女性の素敵な利用者さんの若い頃の話を聞いていて、なんかイメージが合ったので^^。全ての女子高生がいずれおばあちゃんになりますしね(爆)
また別のある利用者さんから電話いただき、話していたら、症状やお薬のことで不安を感じられていて最初はすごいテンションだったのが、、、話しているうちに落ち着いて、話しながら、ふっと“安心された感じ“が電話の口調から伝わってくる瞬間がありました。
他の利用者さんのところにいた状況に緊急電話をいただいので、概要を伺ってから大丈夫そうだと判断して「後で改めてかけなおしますね」と言って、ちゃんとその後、かけなおしてじっくりお話を聞いた、というプロセスが意味があったようにも思います。
お一人暮らしの方なので、
誰か自分を心配してくれる存在から、ちゃんと約束通り電話がかかってきた
ということにも一定の意味があったのではないか、そんなふうにも感じます。
若い頃に限らず、、、
ひとには“寂しい“ 、“なんだか不安“ 、“なんだかやるせない“
という感情は誰もがあると思うし、日常で誰もがスポッと陥いる感情な気がします。
そういう時に、
誰か他者の存在、その介入や支援によって、対話によって、何か足りなかったものが満たされて、解決して、安心して、すうっと寝入ることができる感じ。
そんな時間を、利用者さんと共有できるといいなあ。
そんなことを感じる体験でした。
がん末期の利用者さんとそのご家族のニーズも、難病の利用者さんとそのご家族のニーズも、頸髄損傷の利用者さんとそのご家族のニーズも、重度心身障害児の利用者さんとそのご家族のニーズも、精神疾患の利用者さんとそのご家族のニーズも、認知症の利用者さんとそのご家族のニーズも、、、すべて。
いっぽいっぽ、利用者さんお一人お一人の具体に触れて、時間と体験を共にして、自分が訪問看護師らしくなっていけたらいいなあ、を感じつつ、訪問看護師になってよかったなあ、を感じる日々です。
そして探求はつづく。
同じマンションの先輩が育てている朝顔が秋になりましたが、満開^^。見事です。いろんな色があり、朝しか顔を出してくれないシャイな面がありますが満開の朝顔はそれは見事で、先輩に感謝です^^。