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文野巡(ふみのじゅん)
2024年7月22日 02:40
第九章 翌日の夕方、正理は再び町田工業大学を訪れた。正門の向かいに建つコンビニ入口で缶コーヒーを飲んでいると、仕事終わりの木戸が歩いてくるのが見えた。声をかけると、木戸は明らかに不機嫌そうな表情に変わった。「木戸先生、何度もご足労をおかけしてしまい大変申し訳ありません。今日で決着させますので、もうあと数時間だけお時間をいただけませんか」「それでわたしを犯人だなんて馬鹿げた推理で終わらせない
第八章 木戸のいる町田工業大学は、茶土が勤務する横浜工科大学に比べてこじんまりしていた。同じ工業系の大学でも規模が異なることが見た目で分かる。 正理が約束の五分前に正門に着くと、既に茶土と才上、そして木戸が日陰に逃れて待っていた。お互い背を向けあった状態だ。気まずい雰囲気が伝わってくる。「どうもお待たせしました。本日はよろしくお願いいたします。ところで、昨日はあの後犯人からさらなる連絡はあ
第七章 帰宅後、追加分の監視カメラのデータを読み込んだ。「暗い部屋にいた人物を特定してください」 正理が自作した骨格推定技術を使ったアプリを起動した。精度重視のため結果が出るまで少し時間を要する。その間に部屋着に着替えた。 寛げる格好になり部屋に戻ると、コンピュータは答えを用意して待っていた。 木戸竜一。確率は九十パーセント近い。 明るい場面で認識された人物を特定し、その中から誰に最
第六章「木戸竜一と申します。本日はよろしくお願いいたします」 大学教授にしては少し軽い感じがする。正理の第一印象は『チャラい』だった。 ジャケットを羽織ってはいるが、シャツを外に出し、着崩している。恋人に会いに来たとはいえ、ここは学校だ。しかも自分の学校ではない。 茶土はこんな男のどこがいいと思ったのだろうか。第一印象は最悪だった。 お互いのあいさつを軽く済ませると、茶土の案内で学食に
第五章 午後、正理が大学を訪れると、約束通り茶土が学食を案内してくれた。学生で溢れ返った学食でラーメンを味わう。懐かしさがこみ上げてきた。「最近の学食はお洒落ですね。それに味も美味しい。私の学生時代とは大違いです」「喜んでいただけて嬉しいです。案内した甲斐があります」しばらく雑談を交わした後、ロボットの話に移った。「たくやさん、でしたっけ? 元には戻られましたか?」「ええ、すっかり元
2024年7月22日 02:39
第四章 正理が自宅に戻った時、すでに日付が変わっていた。しかし、まだ処理すべき仕事が残っている。 データをパソコンに転送し、指示を出した。「データ整理とアポイントすべき人物のピックアップをお願いします」 パソコンが処理を開始したのを確認し、風呂場へ向かった。 シャワーを浴びながら翌日のスケジュールを整理する。 常田にもう一度話を聞く必要がある。なぜ嘘をついたのか。佐々木千佳も要確認だ
第三章「どうもお待たせしました。茶土先生、才上さん、ごぶさたです。本日はどうぞよろしくお願いします」 夕暮れ時、ボリュームのある白髪を湛えた正理が研究室に到着した。パンパンになった大きなボストンバッグを肩がけしている。手には手術で使うような白い手袋をしている。指紋をつけないための配慮だ。捜査の開始である。「これは大変なことになっていますね」 部屋を見回した彼の声には、驚きというよりは探究
第二章 目の前にはロボットの断片が転がっている。右手、左手、両脚、そして胴体。「たくや、何があったの? 起きてちょうだい。朝よ」 話しかける言葉は我が子を起こす時のようだが、冷静さを失っていた。怯えて震えている。 腕、脚、首、あらゆる部分がバラバラだ。回路を収める箇所をカバーする蓋もほとんどが開けられている。脳回路やメモリを盗んでいったのだろうか。 ロボットの服が乱雑に脱ぎ捨てられてい
あらすじ 横浜工科大学の教授、茶土愛は、ロボットに感情を持たせる「バイオニック・ニューロン」の開発で注目を集めていた。 ある日、彼女の研究室でロボットのたくやがバラバラにされる事件が発生。混乱する茶土のもとに探偵の正理適己が招聘され、事件の真相を追求することに。 茶土の学生・才上、ライバルの常田教授、他大学の教授・木戸らを容疑者として尋問し、証拠を集める中で、感情を持つロボットと人間の思惑