【読書メモ】『木村伊兵衛と土門拳 写真とその生涯』(三島靖、平凡社)
たしかまだ東京に戻ってきて間もない頃、写真雑誌『IMA』の創刊号を、表参道ヒルズ地下で開催されたブックイベントでもらった(創刊号は配布されていた)。
本屋探訪記を書き初めたときから訪ねた店の全ての棚を見て回ってはいたが、初めのうちは聞いたことのある小説家や新書くらいしか記憶に残らなかった。でも続けていくうちに「あの高そうな大判本の棚でよく見る名前はなんだろう?」と気になるようになり、自分も下手ながら本屋の内外を撮るようになったこともあって、いつの間にか写真に興味を持つようになっていた。
そんな折に、紙の匂いからして只者じゃなさそうな雑誌をいただいてしまったのだから読まざるを得ず、そこで出会った川内倫子さんの写真から写真のことをもっと調べてみようと思うようになった。
ところが川内倫子さんから入ったしああいったテイストの写真を追うのかと思いきや、なぜか調べていくうちにアウグスト・ザンダーやダイアン・アーバスのようなアーカイヴのような写真を好きになり、アンドレアス・グルスキー展を観て、こういう平行垂直がキッチリ揃っていたり分かりやすい構図が好きなんだよなあなんて自分の中で一応の納得感があっていったん写真集や写真についての本を追うのはやめてしまっていた。
それから少し経ち、しばらくは科学哲学方面の本を読んでいたりしていたものの本屋を追っていると否が応でも写真集は目につくもので(特に古本屋ではそうだ)、森山大道やアラーキーも好きなことがわかってきて、日本の写真ってどうなんだろうなあなんて思い出し、さらに加えて『日本の小さな本屋さん』の取材が写真家(砺波周平さん)との旅だったこともあって、少しずつ牛歩の歩みで再び写真への興味が再燃してきたところで出会ったのが本書である。
ということで、ようやく本書についての話になるのだが、本書は戦前〜戦後で日本を代表するカメラマンだった木村伊兵衛と土門拳を、その写真と写真への姿勢、その時々の発言を追いながら、何を撮影してきたのかを論じた本である。
写真を勉強していると、この2人の名前を聴かないで済ませることはほぼ不可能だとも言ってよく、それは土門拳賞や木村伊兵衛賞といった権威ある賞の名前になっていることからもわかる。何せ僕が知っているくらいなのだからそれはもう写真の世界の超有名人というか伝説である。
だが、実はこの2人がどんな写真を撮り、写真を撮ることについてどんな考えだったのかは知らなかったし、ましてや写真の世界においてどんな役割を演じたのかは全然知らなかったのだから恥ずかしいわきてんである。
それが本書を読むことで大体のことが分かったわけだが、正直なところ、iPhoneで綺麗な写真が簡単に撮れるいまを生きる僕にとって、カメラがメディアとして注目されていた時代、高価で庶民は手に入れにくかった時代を生きた2人の写真への執念やコダワリは理解しにくいものがあった。
そんな自分の感覚はさておいても、読んで良かったのは土門拳の重く執念深い姿勢が自分には受け入れ難いもので逆に木村伊兵衛のある種軽薄な姿勢の方が好きなのが分かったことだった。
本書の写真だけではまだ判断するには尚早だが、土門拳のカッチリし過ぎてキメ過ぎている写真よりも、何気ない一瞬をさらったような木村伊兵衛の写真の方が好きで、
写真に思想を乗せようとした土門拳よりも、カメラの一部であるかのような木村伊兵衛の方に格好の良さを感じた。
決して思想や価値観を嫌っていたり避けているわけではないのだけれども、こと写真においてはどうやら僕は力の入り過ぎていないもの、日常に寄っているものの方が好きなのかもしれない。多分スナップが好きなんだろう。
とか言いながらグルスキーが好きなのはどういうことだと疑問は残るけれども、森山大道やアラーキーが好きな理由はなんとなく分かった。
そんな読書体験なのだった。