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レティシア書房店長日誌

奈倉有里「文化の脱走兵」
 
 以前に、紫式部文学賞を受賞した「夕暮れに夜明けの歌を」を紹介したことがあります。日本を飛び出し、モスクワで文学を学んだ時代のことが書かれたエッセイでした。「文化の脱走兵」は彼女の最新エッセイです。(サイン入り/新刊1760円)
 

 ここに集められているエッセイは、2022年から24年にかけて月間誌「群像」に連載されたものを集めてあります。22年春にロシアによるウクライナ侵略が始まったので、戦争への思いが色濃く出ています。さらに、イスラエルによるガザへの侵攻。
 「世界の各地で戦争が続き武器が作られ輸出され、巨大な暴力は巨大な産業と結びついています。『戦争は戦場だけで起きているわけだはない』ことを実感する機会が増えたかたも多いと思います。その凶悪さと巨大さ、そしてその社会で生きる自分もまたどこかでその構造に関与してしまっている現実を考えると、自分になにができるのかがわからなくなっていることや、絶望してしまいたくなることもあるかもしれません。それでもやはり、気づくことは気づかないことよりずっといいし、非戦のために自分ができることを考えるのは、それだけでもすでに意味のある、尊いことです。」
 とあとがきに書いています。「非戦」の思いは、本書には方々に表れています。
 「本を片手に、戦う勇気ではなく逃げる勇気を。」
という帯の言葉が本書のテーマです。でも、悲惨な戦争の姿だけではありません。日本では知られていないロシアの詩人や、文学者の作品が全体に散りばめらていて、ちょっとしたロシア文学案内になっています。それが、どれも素敵です。
 例えば、「渡りの歌」では、アルメニア系詩人アサードフの「鳥たちは飛び去る」が最初に紹介されます。
 「秋が蜘蛛の巣を はためかせ 空には 船のように群れて 鳥たちが 鳥たちが 南へと 薄紅の彼方へ 去ってゆく」
南へと去ってゆく鳥はコウノトリです。
続いて北原白秋の「渡り鳥」が登場します。
 「あの影は渡り鳥、あの輝きは雪、遠ければ遠いほど空は青うて、高ければ高いほど脈立つ山よ、ああ、乗鞍獄、あの影は渡り鳥」
こちらは冬鳥が春先、北へ飛び去る様子を描いています。
そしてザボロツキーの「雪どけ」の一節「もうすぐ木々が芽吹き、群れなす渡り鳥がやってきて春の訪れを告げる」と春にロシアにやってくる鳥を詩にしています。
 「こんなふうに続けて渡り鳥の詩を読んでいると、まるで鳥たちを介して詩人同士が語りあっているように思えてこないだろうか。ほら、目の見えないアサードフが心に思い描いた鳥たちがアムール川を飛び立ち飛騨山脈に到来し、その鳥たちを愛でた白秋が春先に輝く雪とともに惜しみつつ見送り、ふたたびロシアに戻る鳥たちをザボロツキーがいまかいまかと待ち望んでいるみたいに。言葉を持たない鳥たちは、季節ごとに詩情を運んで北へ南へと行き来する。詩人たちは目や心でそれを感じとり、言葉をリズムに乗せていく。」本を読む楽しみを教えてくれるような文章です。
「夕暮れに夜明けの歌を」もいい作品でしたが、それ以上にしっかりした内容を持ったエッセイ集です。
 

●レティシア書房ギャラリー案内
9/4(水)〜9/15(日) 中村ちとせ 銅版画展
9/18(水)〜9/29(日) 飯沢耕太郎「トリロジー冬/夏/春」刊行記念展
10/7(水)〜10/13(日) 槙倫子版画展

⭐️入荷ご案内
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本3」(660円)
「超個人的時間紀行」(1650円)
柏原萌&村田菜穂「存在している 書肆室編」(1430円)
稲垣えみ子&大原扁理「シン・ファイヤー」(2200円)
くぼやまさとる「ジマンネの木」(1980円)
おしどり浴場組合「銭湯生活no.3」(1100円)
岡真理・小山哲・藤原辰史「パレスチナのこと」(1980円)
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
向坂くじら「犬ではないと言われた犬」(1760円)
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
坂口恭平「その日暮らし」(ステッカー付き/ 1760円)
「てくり33号ー奏の街にて」(770円)
「アルテリ18号」(1320円)
「オフショア4号」(1980円)
「うみかじ9号」(フリーペーパー)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
青木真兵&柿内正午「二人のデカメロン」(1000円)
創刊号「なわなわ/自分の船をこぐ」(1320円)
加藤優&村田奈穂「本読むふたり」(1650円)


 

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