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レティシア書房店長日誌

坂口恭平「その日暮らし」
 
 「僕は躁鬱病と診断されている。その日の気分で生きられている時は心地よい風が吹き抜けるが、『きちんと』『ちゃんと』やらなくちゃいけないと人から言われながら行動するとすぐ窮屈になって、鬱状態に陥る。」
 2020年、坂口恭平は自分で食べるものは自分で作ろうとふと思い立ち、市民農園を借りて畑仕事を始めます。「植物にも躁鬱があるのを発見し、僕も見習ってさらに気分屋になっていった。それまで年に数ヶ月、鬱で倒れていたのだが、植物たちのおかげで気づくとほとんど寝込まなくなった。」

 本書は2023年8月〜10月に、西日本新聞に連載されたものを書籍化したものです。(新刊/1760円)自分の病気のこと、その病気にいつも付き合ってくれる妻や二人の子供たちのことを中心に、著者の近況報告みたいな一冊です。
 熊本在住の著者は、作家の石牟礼道子と交流がありました。著者は鬱の時、死にたくなることがあるそうですが、道子さんも躁鬱病ではないのですが、死にたくなることがあったというのです。
 「僕の鬱がひどいときに一度、電話があって『先に死ぬんですか、いいですね』と声をかけてくれた。道子さんにそう言われたら意地でも死ねない。熊本で生きて書くこと。虐げられている人の声を聞くこと。死なずに生きること。いろんなことを道子さんから学んだ。」
 今から12年前、死にたくなったら、あるいは悩みに負けそうになった時に、誰でもが電話で著者と話のできる「いのっちの電話」というを始めます。「それで分かったことは、誰でもいいから一番死にたいと思っているときに人につながることができたら、その人は死ぬことはない、ということだ」と著者は言います。今まで、約5万人ほどの人と話して、電話後に自殺したのは、一人だったそうです。お金が必要な時は、自分の口座から振り込むこともあったようです。
 時折、なぜ「いのっちの電話」を無償でやっているのかと問われるけれど、「自殺はその人の意志だけではなく、社会システム、集団生活のあり方によって引き起こされている。システムの問題は人間の手によって変えられるからだ。今の社会システムは死にたい人の背中を押してしまっている。もう変えなくてはいけないと、みんなが自覚しなくてはならない時が迫っている。」と書きます。
 12年間も、自殺しようとする人と話し続けるって、簡単にできることではありません。でも、何の気負いもなく、上から目線になることなく、淡々と続けています。その優しさが染み込みます。
 長いあとがきの最後は、こんな素敵な文章で締められています。
「あなたたちは、鬱で苦しむ僕のことを一度も変な目で見たり、文句を言ったりせず、心配してくれて、そして、いつかは必ず元気になって戻ってくると心から信じてくれて、ありがとう。あなたたちが僕を心から信頼してくれているからこそ、僕自身が見つけることができなかった自分自身との信頼関係を取り戻すことができました。 
これからはもう少し、あなたたちが楽になるといいなと思っています。 
これまではどうしても、自分自身との関係がうまくいかず、だからこそ心の何処かに恐怖心があった。自分を信頼することを覚えた今、ようやく命綱なしで、本当に成し遂げたいと思っている道に、恐怖心を払拭し、向かえるような気がする。」家族に感謝して、読者にも感謝し、最後にいのっちの電話番号が記されていました。
(本書には、著者自身の絵によるステッカーが付いています!)

⭐️夏期休暇のお知らせ 8月5日(月)〜9日(金)休業いたします

●レティシア書房ギャラリー案内
7/24(水)〜8/4(日)「夏の本たち」croixille &レティシア 書房の古本市
8/10(土)〜8/18(日) 待賢ブックセンター古本市
8/21(水)〜9/1(日) 「わたしの好きな色』やまなかさおり絵本展
9/4(水)〜9/15(日) 中村ちとせ 銅版画展

⭐️入荷ご案内
早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本2」(660円)
夏森かぶと「本と抵抗」(660円)
若林理砂「謎の症状」(1980円)
宇田智子「すこし広くなった」(1980円)
おぼけん「新百姓宣言」(1100円)
仕事文脈vol.24「反戦と仕事」(1100円)
些末事研究vol.9-結婚とは何だろうか」(700円)
今日マチ子「きみのまち」(2200円)
秋峰善「夏葉社日記」(1650円)
「B面の歌を聴け」(990円)
夕暮宇宙船「小さき者たちへ」(1100円)
「超個人的時間紀行」(1650円)
柏原萌&村田菜穂「存在している 書肆室編」(1430円)
「フォロンを追いかけてtouching FOLON Book1」(2200円)
庄野千寿子「誕生日のアップルパイ」(2420円)
稲垣えみ子&大原扁理「シン・ファイヤー」(2200円)
「中川敬とリクオにきく 音楽と政治と暮らし」(500円)
くぼやまさとる「ジマンネの木」(1980円)
おしどり浴場組合「銭湯生活no.3」(1100円)
「てくり33号」(770円)
岡真理・小山哲・藤原辰史「パレスチナのこと」(1980円)
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
向坂くじら「犬ではないと言われた犬」(1760円)
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
坂口恭平「その日暮らし」(ステッカー付き/ 1760円)

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