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希望を与える場になるには①

 こんにちは。当店は再来月の11月に3周年を迎えます。3年やっていると、開店当初考えていたイメージとも異なる部分も多くなってきまして、一度当店が今考えていることや実際どうなのってところについて書いてみようと思いました。こういうのは開店前から一貫して持っておけという話ですが。いやきっと持っていたのですがあまりに漠然としていて言葉にできませんでした。でも最近は本を発注するときやお客さんと接する中で具体的に言葉にできるようになってきました。テーマはずばり「希望」です。

 今年4月に発売され話題となった三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は実に身につまされる一冊でした。私も数年間会社員をやっていましたが、働きながら読書することは本当に難しい。特に東京で一人暮らししているときなんて、まともに本を読める余裕なんてまるでなかった。そんな中で余暇を楽しむとなると私の場合は飲み食いすることでありまして、勤務終了後に今日はここでラーメンを食べるんやーということだけが、1日の仕事をこなす活力となっていました。でもそんなモチベーションで食べる食事はなんというか楽しみが瞬間的です。おいしいけど食べたら終わってしまうし全く持続しない。それは本当においしい食事ではありませんでした。お陰でお金は貯まらんわ、生活は乱れるわ、体重は増えるわで良いことなし。生活全体が自分だけに閉じていて、要するに孤独です。そこ頃は全く希望がなかった。未来をポジティブに捉えることができなかった。こんな苦い時期も経験しました。

 ある日、テレビで建築家の安藤忠雄さんが「人間多少食べ物に困っても何とかなる。でも希望がなくなったら生きて行かれへんねや」みたいなことを言っていました。氏の壮絶なキャリアからしても実に説得力のある言葉です。振り返ると、私が一番希望を感じる日々を過ごしたのは、やはり読書に没頭していた大学時代です。勉強は全くせず、部活もせず、周囲ともうまくやれない、今思うとよく退学しなかったなぁと思える高校時代の頃とは一転、貪るように本を読んでいました。将来を思うともちろんあどうなるか不安なのですが、単純に知を蓄えていく過程でそれも大丈夫なように不思議と思えてくる。これを僕は「知のコルセット」と呼んでいます(そう言えば不安は情報不足から来るって坂口恭平さんもどこかの本に書かれていました)。僕は決して頭が良いわけではなく本を呼んで頭が良くなったとも思いません。ただ仕入れた知を元に自分の頭で考えてそれを何とか伝えることが好きなのです。この弱者のための読書、アホやからこそ読まなあかんねやって感覚は僕の中にずっとあります。そんな具合に弱者が本を読むにつれて、世界の見方が変わってくる。解像度の悪かったものがよりクリアになってくると言いましょうか。こうなると結局世界とともに自分が変わっっていることに気づく瞬間があって、嬉しくなった記憶があります。要するにあの頃は日常に希望が溢れていた。おお俺は生きてるぜって感じがしました。この感動をシェアしたい!みんな知らないんじゃないか?これは知ってもらわないと困る!よし将来やるか!と勘違いして始めたのが当店であります。

 そんなだからこそ、そんな小さい店の特性を活かして本だけでなくその先の希望を届けることはできないだろうか、少しでも未来がよりよくなると感じることができる場所になれないものか。ぼやっと思っていたことがはっきり言葉になると嬉しいものですね。長くなりそうなので次回に続けます。

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