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本屋へのカウントダウンを刻む音は、パキパキと乾いた「割り箸を割る音」。
「ご報告があります」
と、校長室のドアをノックする。
「おおむね、決まりまして…」
「12月の半ば頃には…」
と、教員退職確定のXデーが間近に来ていることを、今日、学校長に報告してきたのだ。
「退職という形になるから、万が一また教員に戻るとなったら試験を受け直さなきゃいけないね」
なんやかんやと言ってはいるが、私は教員という仕事を捨てはしない。
いつかまた正規の担任に戻る未来もあると思っている。本屋一本で進んでいく未来もあるし、複業という形で生涯続けていく未来もある。
この先どうなるかは、分からない。
「試験を受け直したときに、名古屋市に『オマエなんていらねえ』と言われれば、潔く、本屋一本で生きていけますよ」
「いやいや、先生を、そんな『いらねえ』なんてことは無いよ」
この先どうなるかは、分からない。
不安もあるが、今のところ、ワクワクしている気持ちのほうが大きい。
「色々とお伝えしましたが、なんやかんやありまして、白紙になりました」
「そうかい、じゃあ来年は6年生の担任を頼む」
この先どうなるかは、分からない。が、
この先、こうなることだけは、勘弁願いたい。
◇◇◇
校長室から職員室に戻り、デスクに座ると
「65日」
という日数について話す同僚の声が聞こえてきた。
今年度の残り登校日数である。
12月3日現在で、あと65日しか無いらしい。
手元にあった自分の給食用の割り箸が10数本しかなかったので、今日の夕方、ダイソーに割り箸50本パックを買いに行った。
合わせて残り、60数本。
この割り箸を全て給食で使ったら、私は本屋人生のスタートを切ることになる。
それと同時に、「担任の先生」ではなくなってしまうわけだ。
いざ始まるぞ、となると、急に心が揺れ動く。
16年続けた担任業務も、あと65日か。
ちょっと、寂しい。
いろんなクラスがあった。
いろんな子どもがいて、いろんな保護者がいた。
忘れたいこともあるし、素敵な思い出もある。
笑ったこともある。泣いたこともある。
そんな日々とも、一旦のお別れである。
担任として残された日々を、これまで以上に大事に過ごさねばならないと、65本の割り箸の束を見ながら考えた。
チクタクと進む時計の秒針の音が、割り箸を割る音に重なって聴こえた。
割り箸を一つ割るたびに、担任としての思い出がポッと浮かんでは消えそうだ。
『マッチ売りの少女』のようである。
私はただの「割り箸割りの担任おじさん」である。
◇◇◇
12月4日にまもなく日付が変わろうとしているのに、明日の準備がまだできていない。
席替えの席を組んでいない。
自習の内容を考えていない。
会議の資料に目を通せていない。
普段ならため息が出るようなものばかりだが、
あとたった65日と言われてしまうと、
喜んでやってやろうじゃねえかと思える自分がいるのであった。