
『事実vs本能 目を背けたいファクトにも理由がある』橘 玲
概要
橘玲さんの『事実vs本能 目を背けたいファクトにも理由がある』は、現代の知識社会、リベラル化、そしてグローバル化の進展と、それらに適応しきれない人間の本能的な思考回路の対立を描いた作品です。著者は、産業革命以降の技術発展がもたらした知識格差が、経済的格差や社会的な対立を生んでいると指摘し、私たちが直面する社会問題が、旧石器時代に培われた脳の性質と、急速に変化する現代社会の不一致から生じていると解説しています。人間の脳は、狩猟採集生活で身に付けた本能的な思考が強く、現代の複雑で多様な環境には馴染みにくいまま進化しています。このギャップこそが、現代の「事実」と私たちの「本能」の対立を引き起こしているのです。
本のジャンル
自己啓発、社会問題、人生論、哲学
要約
1. 知識社会の成立と「事実」と「本能」の対立
産業革命が生んだ「知識社会」
現代社会の基盤とも言える「知識社会」という概念は、産業革命をきっかけに発展しました。産業革命によって技術が急速に進化し、機械化が進んだことで、多くの人が知識や専門技術を身に付け、知識を駆使して富を得るようになりました。著者は、この知識社会の中で、「頭が良い」人たちが社会的に有利な立場を占め、教育や技術にアクセスできない人々が不利な立場に追いやられていると指摘しています。
テクノロジーの進化による格差の拡大
知識社会の中で、テクノロジーの急激な進化が格差をさらに広げています。たとえば、スマートフォンやインターネットなどのテクノロジーは便利なツールですが、その仕組みを理解し、最大限に活用できる人は少数派です。特に高度な知識や技術が必要な職業、例えばデータサイエンティストやAIエンジニアなどの専門職は、知識社会のトップ層として高収入を得る一方で、その他の層との経済的な格差が顕著になってきています。これが、知識社会における「1%の富裕層」と「99%のその他」という不平等の一因となっています。
2. リベラル化と個人の自由の拡大
個人の自己実現の追求
リベラル化とは、個人の自由や自己決定権を尊重する思想のことです。著者は、リベラル化が進む現代において、人々が自らの意思で自己実現を追求するようになっていると説明します。テクノロジーの発展によって、YouTubeやSNS、電子書籍の出版など、個人が少人数で大きな影響力を持つことができるようになりました。これにより、従来の大企業や組織の力に頼ることなく、個人や少数精鋭チームでの成功が可能となり、多くの人が「自由」に基づいた働き方や生活スタイルを求めるようになっています。
共同体の崩壊と孤立化
しかし、リベラル化が進むと同時に、共同体の結びつきは弱まり、個人が孤立する傾向も強まります。昔は、村や家族、職場などで人々が一体となって生きていましたが、リベラル化により個人の独立性が強調され、逆に人間関係の希薄化が進みました。例えば、著者が言うように、農業や工場労働が中心だった時代には多くの人が協力し合う必要がありましたが、現代では一人で仕事をこなせる環境が増えています。この変化が生み出した「個人の孤独」も、知識社会やリベラル化によって進行する一つの現実です。
3. グローバル化と国境を超えた競争
テクノロジーによる国境の消失
著者は、現代のグローバル化の進展によって、国境を越えて人や物、情報が自由に行き交うようになったと指摘します。インターネットや物流技術の発展により、企業が国内市場に依存する必要がなくなり、世界中の消費者に向けてビジネスを展開できるようになりました。たとえば、日本の製品が簡単にアメリカやヨーロッパで販売できるようになり、国内市場に留まる必要がなくなりました。
グローバル化の恩恵と影響
一方で、このグローバル化が新たな課題も生んでいます。たとえば、国内市場での競争に加え、海外からの企業とも競争しなければならず、中小企業や個人事業主にとっては競争がますます厳しくなっています。著者は、グローバル化の進展が利益を生む一方で、地元の経済や文化が失われるリスクがあると述べています。
4. 現代社会と旧石器時代の脳
人間の本能と社会問題
著者は、旧石器時代の人間が備えていた本能と、現代社会の間には根本的な違いがあると指摘します。狩猟採集時代に適応した脳は、集団で協力し合うことで生き延びるように設計されているため、現代の高度なテクノロジー社会や知識社会には不向きです。これが、現代の社会問題や格差の根本的な原因であり、私たちが自らの本能を抑え、現代社会のルールに適応する必要があると述べています。
縄文人の脳で生きる現代人
縄文人が現代にタイムスリップしたとしたら、スマートフォンやインターネットに対応できるでしょうか?私たちも、狩猟採集生活をしていた祖先とほぼ同じ脳を持っていますが、テクノロジーの発展により生活環境は大きく変わりました。私たちは、縄文人のような本能を抱えながら、今の高度な知識社会で生きるという矛盾した状況に置かれているのです。
5. 「ファクトフルネス」と事実を知ることの重要性
正しい知識を持つことの重要性
著者は、ハンス・ロスリングの『ファクトフルネス』を引用し、正しい「ファクト(事実)」を持つことの重要性を説きます。ロスリングは、物事を正しく認識することで、正しい判断や選択ができると主張しており、著者も同様に、現実を理解することが私たちにとっての「地図」であると述べています。現代社会では、多くの人が不確かな情報や誤解に基づいて行動しがちで、その結果として目標や目的地から遠ざかってしまうのです。
現代の「知識偏差値」
現代社会において、知識や情報に対する理解力は、生活の質を左右する重要な要素です。著者は、PISA調査の結果として、日本人の多くが数学や読解力に課題を抱えていると述べており、これが知識社会において大きな課題であるとしています。テクノロジーが進化し、求められる知識やスキルが高度化する中で、理解力が低い人が取り残され、格差が広がっていくのです。
まとめと感想
橘玲さんの『事実vs本能』は、私たちが生きる現代社会を深く分析し、旧石器時代から引き継いだ人間の本能が、知識社会やリベラル化、グローバル化にどう影響を与えているのかを鮮明に描いています。この本を通じて、私たちが直面する社会の問題は、進化の過程で形作られた人間の性質と、急速に変化する現実世界の間に生じる「ギャップ」によって生まれていることを理解できます。
現代社会に適応するための方法として、著者はファクトに基づいた行動の重要性を説き、無知や誤解から生じる問題を避けるための思考方法を提供しています。インターネットでの評価も高く、多くの読者が橘玲さんの鋭い視点に共感しています。本書は、変化の激しい現代社会を生き抜くために必要な洞察を提供する一冊で、深い洞察を得たい方におすすめです。興味がある方は、リンク先でのレビューもぜひご覧ください。
いいなと思ったら応援しよう!
