本屋発注百景vol.7 フラヌール書店
フリーランス書店員が満を持して構えた店
前回は誠品生活日本橋にて業界を俯瞰的に捉えた話を伺ったが、今回はまた街場に戻り、目黒にあるフラヌール書店を訪れた。
東急目黒線・不動前駅から歩いて3分。攻玉社中学校・高等学校の斜向かいにあり子どもたちの声が聞こえてくる通りにある新刊書店だ。
品揃えはというと、文学、人文、絵本、漫画、雑誌、料理書などほぼオールジャンルを揃えており、外には自由価格本※コーナーもある。棚の一部では「工作舎の90年代」や「中公新書の隠れた名著集めました」といったフェアも開催し、店内奥のレジ横には小さいながらギャラリーもある。月一回程度、展示替えも行われるそうだ。
店主の久禮(くれ)亮太さんは学生時代から書店員として務め、2003年からあゆみBOOKS五反田店に勤務、2010年から2014年までは小石川店の店長として働いた。その後はフリーランス書店員として活動し、書店のコンサルティングなどを行っている。自身の書店員としての技術をまとめた『スリップの技法』(苦楽堂)という著書もあり、独立してからは神楽坂モノガタリの書店ゾーンの担当、Pebbles Booksの店長を経て、2023年3月にフラヌール書店をオープンした。本人曰く「スリップをめくり続けて30年」という筋金入りの書店員である。
筆者の尊敬する書店員のひとりなのだが、久禮さんの面白いところは選書技術だけでなく、棚も自分でつくってしまうところにもある。フラヌール書店にある棚はすべて久禮さんが自分で切り、組み立て、塗装したものなのだ。プロの書店員が作っただけあって寸法もよく考えられており、そういう自らの手を率先して動かしていく姿勢にも尊敬できる点だ。取材の前日も、商品を入れる箱を厚紙を切って自作していたそうだ。
本屋と暮らしと子育てと
―――一日の流れを教えてください。
久禮 自宅と店と小学校が徒歩3分圏内ということもあり、娘の登校時間の8時に一緒に自宅を出ます。店に着いたらまず掃除です。その後、取次の配送の方が中に入れておいてくれたダンボールを開けて入荷量をチェックします。
―――勝手に入れてくれるんですか?
久禮 うちの帳合※は日販なのですが、店の鍵を預けているんです。なので深夜のうちに配送は済ましてくれます。
―――入荷登録はどうしていますか?
久禮 (スリップで単品管理をしているので)スリップがない本にvslip※を使ってスリップを印刷して挟む作業と、スマレジへの入力を同じ流れでしています。まずPCを開いてvslipに初入荷の本のISBNを登録します。すると書誌情報がリストになって出力されます。
久禮流スリップ作成の流れ
①vslipにアクセスし、ISBNコードを張り付ける
https://honno.info/vslip/
必要な数だけISBNを張り付け、「スリップを作成する」ボタンを押すと、スリップのリストが作成されます。
②スリップが作成されたら、スリップをプリントアウトする
スリップが作成されると、「入力したISBNのスリップ表示へ」というリンクが表示されます。リンクを開いてプリントアウトします。
③出力したスリップを切り離して完成!
(スリップ作成と)同時にレジ用のiPadでスマレジを開き、その時点での商品マスタをCSVデータとして吐き出します。このCSVデータに先程のvslipでつくったリストをコピペします。
ですが、vslipはopenBD※からデータを引っ張ってきていますので、リストの情報に本体価格や書名などにヌケがあることがあります。それらの本の書誌情報をインターネット検索して補足入力。ダブりがあれば削除して、とデータ全体を整理します。
最後にスマレジに整理後のCSVデータをインポートします。
―――vslipとスマレジの合わせ技なんですね。
久禮 はい。その後、スリップはhtml(ウェブ画面)に出力されますので、それをそのまま印刷します。vslipは入荷日を表示してくれるのが嬉しいですね。
―――久禮さんのスリップの技法は入荷日と、売れた日やスリップをチェックした日との差分が大事な情報ですからね。
久禮 9時には駅前のスーパーに買い物をしに行って自宅に戻り、開店前まで昼食と夕食の準備です。昼食は12時の開店前に食べちゃいます。
―――自宅と職場が近いからこその動きですね。
久禮 いまの物件に決めた理由が近いことですからね。仕事と小学生の子どものサポート、家事全般をタイムロスなくするためには、自宅と職場と学校が近くないとできません。子どもも学校の帰りに店に立ち寄ってくれますしね。
―――12時の開店後はどうしていますか?
久禮 午前中に印刷したスリップを挟んだり品出しや返品をしたりですね。お客さんが店内にいらっしゃるときはレジ内でできる仕事をしています。新刊チェックなどの情報収集や発注、SNSでの本の紹介、ネットショップの更新などほかPC作業などですね。商品入れなどの小物づくりも気晴らしでしています。
常連の方とお話することはもちろんありますが、本を静かに選びたい方も多いと思うので、積極的に話すことはしていません。実際、静かにしていた方がお客さんの滞在時間も長いように思います。
―――ぼくは結構話しちゃう方なので気をつけないと……。時間帯ごとで何をしているかなどありますか?
久禮 決まっているわけではないですが、例えば、夕方16時ごろからPC作業を中心にすることが多いですね。返品作業は19時からすることが多いです。いまは昔と違って返品伝票は書かずに本を返すだけで良いのですが、うちでは返品額を出すために入荷登録とは逆の作業をしています。返品明細を自分用に作っているんですね。それが終わって20時に閉店です。レジ締めをして帰ります。
職人的書店員に聞く「発注、どうしてる?」
―――新刊チェックはどうしていますか?
久禮 長年の経験で最新のものは見ていませんが、NOCS7※で3営業日前くらいまでに発売された新刊を毎日見ています。新刊は1日200点~300点発売されていますが、フラヌール書店だけでなく他の書店のコンサルティングもしていますので、ひととおり見ています。
―――新刊、と言いますかチェック日の後に発売される近刊を確認しないのはなぜですか?
久禮 10坪程度(フラヌール書店は15坪)の限られたスペースの中で、重版しているものや店に向いていそうだと感じる、既刊の良いものを売り伸ばしていきたいと思っているからですね。店のテーマです。
発売日に新刊が揃っている、というスタンスを店として取っていないんです。チェーン書店にいたときは発売日に本がないことは大変なことでしたが、(フラヌール書店の場合は)狙い撃ちで買いに来られる方でなければ深刻な問題ではないですから。
―――直取引はしないのですか?
久禮 うちとしてのロングセラー、売れることが分かっているような本は直取引にしようとしています。やはり仕入れ値が良いので。
―――近刊・新刊は追わないとはいえ、たくさんある本の中から仕入れる本を選ぶのは大変だと思います。どうやって選んでいますか?
久禮 NOCS7を見ていて、フラヌール書店に必要だと思った本は一度メモ帳に書くようにしています。というのも、すぐに仕入れすぎてしまうからです。本好きなのでいいなと思ったら本をすぐクリック(仕入れ)しちゃう人間なんですよ(笑)
それに、一度書くことで出版社や著者名、翻訳者などの固有名詞を覚える効果もあります。
NOCS7で一度すべての新刊に目を通して自分が何に反応するのかを確かめたあと、一度プールすることで、頭を冷やすんです。棚に入るのか。予算は足りているか。このステップを踏むことで品揃えが単調にならないようにしています。
―――ちなみにスリップは毎日見られているんですか?
久禮 実は3日に1回なんです。『スリップの技法』で書いたことはチェーン書店でのことだったので、毎日のスリップの量がいまの店とは全く違っていました。あの技法は大量のスリップを見ていく中で感じるものを品揃えに反映していくものなので、個人書店だと1日に1回だと物足りないんですよね。
―――ほかに発注で気をつけていらっしゃることはありますか?
久禮 月の前半に多めに仕入れて、月末は抑えるようにしています。スリップを見ながら稼働していない本はできるだけ返品して月末には店のキャパシティーに対して最小限の在庫にするようにしています。その代わりに月初は月末に我慢していた本をたくさん仕入れます。
―――BookCellarはどういうシーンで使われますか?
久禮 (トランスビュー取引代行の本の)補充発注のタイミングですね。毎日一回は見ています。補充なので検索して発注することが多いです。それかお気に入りに登録しておいてそこから(発注)ですね。
―――ということは、一括発注ですか?
久禮 一括発注はしていません。お気に入り商品の画面に入ると、何も入力していなくてもワンクリックですべての商品を一冊ずつカートに入れることが出来ますが、それぞれタイミングがあるので、一点ずつ確認して発注しています。
―――BookCellarでよく使う機能はなんですか?
久禮 機能とは違うかもしれませんが、即納可能在庫を見るのは好きです。数字の減り方を見ていろいろ想像できますし。
BookCellarでこの本発注しました
―――BookCellarで発注した本の中で印象的だった本を挙げていただけませんでしょうか?
久禮 最近ですと『Je suis là ここにいるよ』(月とコンパス)ですね。発売直後というタイミングもあったのでしょうがSNS投稿の効果で、40冊以上売れました。
―――その投稿、見ました!
久禮 近刊を追ってSNS投稿もちゃんとすれば効果があるということですね。
―――ほかにはかありますか?
久禮 『鬱の本』(点滅社)も動きましたね。それと、『世界は五反田から始まった』(ゲンロン)はロングセラーです。ご当地本なので。
―――久禮さんの仕事の一端が垣間見れた気がしました。ありがとうございました。
取材日:2023年12月16日
取材・文・写真 和氣正幸
フラヌール書店で仕入れた本・売れた本
『Je suis là ここにいるよ』(月とコンパス)
『鬱の本』(点滅社)
『世界は五反田から始まった』(ゲンロン)
BookCellarをご利用いただくと、フラヌール書店・久禮さんが記事内にて紹介した本を仕入れることができます。
注文書はこちら。
https://www.bookcellar.jp/orderlist/623801/
「本屋発注百景」とは
本屋さんはどんなふうに仕入れを行い、お店を運営しているのか。様々なお店の「発注」にクローズアップして取材する月イチ連載企画です。
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