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本屋発注百景vol.15 透明書店

本屋の内情を数字ベースですべて公開する店

透明書店店内

独立書店が増えているとは言うがその実態はどうなのか? その内情は?
なかなか明かされることのない本屋の内情を数字ベースですべて明らかにしてくれる。そんな本好き・本屋好きにとってはある種、これ以上ないくらいエキサイティングな試みをしてくれていたのが今回訪れた透明書店だ。

公式noteで毎月投稿される『お金まわり公開記』では、オープンから一年経った2024年4月にははじめての単月での黒字化を達成していたその旨も公開されている。2023年夏のnoteでは追加融資を受けるという記事も読んでいた筆者からすれば感動ものの連載だった(公開は1年間で終了となった。『透明書店店長遠井の透明日報』は続いている)。

なぜこのような試みをしていたかというと透明書店を運営する透明書店株式会社の親会社がクラウド会計ソフトや請求書管理システムなどを提供するフリー株式会社(以下「freee」)だからである。決算書作成や確定申告など中小企業のバックオフィス業務を支援することで「スモールビジネスを世界の主役に。」しようとしている会社だからである。

freeeは従業員数が1500人を超え、自身がスモールビジネスとは言えなくなっている中、原点に立ち戻ろうと自らスモールビジネスをはじめることにした。それが透明書店なのであり、売上や経費を公開するのも、世の中にスモールビジネスを増やすための手段なのである。

そんな、技術でスモールビジネスを支援するという会社が本屋の発注業務をどう捉えているのか。店長の遠井大輔さんに話を伺った。

書店名 透明書店
創業 2022年11月11日設立、2023年4月21日開店
店舗面積 約22坪 71.55㎡
在庫冊数 約3,000冊 
住所  〒111-0042 東京都台東区寿3-13-14 1F
最寄り駅 大江戸線「蔵前駅」A5出口より徒歩1分
定休日 火曜・水曜
営業時間 12時~19時  ※イベントにより変動あり
公式サイト https://tomei-bookstore.com/

専門店化せず、幅広い本を並べることで見えてきた売れ筋

スモールビジネスに関する本も置くが、立地や客層をみるうち、品揃えは変化していったという

――透明書店さんには何度もお世話になっています。『本の雑誌』の連載で代表の岩見俊介さんに取材したこともあれば、『さあ、本屋をはじめよう』(Pヴァイン)の出版記念などトークイベントも何度かさせていただきました。

そうやって訪ねるたびに棚がどんどんブラッシュアップされていて、元々ミュージシャンで書店員経験もない中で透明書店の店長として採用された遠井さんと一緒に棚が成長しているようで、それを見るのが楽しみでした。

遠井 ありがとうございます。

――選書の基準みたいなものはあるのでしょうか?

遠井 親会社のfreeeが「スモールビジネスを、世界の主役に。」をミッションとして掲げている会社なので、起業したい方や経営者向けの本も並べていますがそれだけでは間口が狭くなりますので、一見スモールビジネスには関係のなさそうな文脈の本も並べるようにしています。

盛岡の書店「BOOKNERD」が制作する「わたしを空腹にしないほうがいい」(くどうれいん)や、本屋「aru」店主の自主制作エッセイ「海にもぐる」(あかしゆか)などリトルプレス・ZINEも幅広く扱う

――実は、はじめて透明書店に来る前はビジネス書ばかりが置いてあるのかと思っていました。正直「自分のための本は置いていないかもしれない」くらいのことは思っていたのですが、いざ来てみると、そんなことはなくて。漫画や小説もあれば人文書もあって、それが透明書店にあることでむしろ違った見え方になっていて新鮮だったように思います。それにZINEの品揃えもすごく良くて、それも面白かったですね。

遠井 開店当初は悩む時期もありましたが、透明書店のある蔵前は観光客や散歩中に立ち寄られる方も多いので、続けていくうちに専門店化するよりも幅広く並べるようになりました。

――どんな本が売れるのでしょうか?

遠井 ちょっと漠然とした答え方になってしまいますが……楽しくて普段とちょっと違う気持ちになれるような読み物がよく動きます。例えばphaさんの『どこでもいいから、どこか行きたい』(幻冬舎文庫)や安達茉莉子さんの『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(三輪舎)などですね。それに透明書店のnoteでもお世話になったエッセイスト・中前結花さんの『好きよ、トウモロコシ。』(hayaoki books)も人気です。

透明書店で人気の本のひとつ、『どこでもいいから、どこか行きたい』(pha / 幻冬舎文庫)


透明な本屋の一日

本を軸に、グッズ、イベント、飲食、シェア型書店の開始、と本屋をビジネスとして成立させていくための施策を打ち続け、1年後に見事単月黒字化を達成した。

――一日の流れについて教えて下さい。

遠井 まず11時くらいに出勤して掃除や棚を整えるなど開店準備をしていきます。看板を出したり、AIのくらげ副店長を起動したり。それで開店前に少し休みます。実は開店当初は14時~15時を休憩時間にしていたのですが、お客さんが結構来てくださるので時間を変えたんです。

――休憩をいつにするかは悩みますよね。

遠井 12時に開店してからは、まずSNSへの投稿ですね。開店やイベントの告知、入荷本・平台の本の紹介などをします。

――投稿作業は遠井さんが?

遠井 基本的にはそうです。イベント告知は他のメンバーが行うこともあります。あとは品出しですね。早朝にトーハンが店内に届けておいてくれた段ボール箱を開けて、Squareに単品登録をしたのち、棚に並べていきます。

2024年4月から店内の一部を活用したシェア型書店を開始。

――スリップはどうしています?

遠井 うちではスリップは使わないんです。スリップの利点はどの本とどの本が合わせて売れるのかなど、現時点での売上の傾向が体感的にわかるということにあると思います※が、透明書店では書店の業務をできる限りデジタルで効率化することを念頭に置いているのでスリップは使わず、Squareの売上サマリーなどを見て売上傾向を把握しています。それにうちくらいの規模感だとお客さんがどんな本を買ったか覚えているので、スリップがなくてもどうにかなりますね。

※スリップの活用については、vol.7 フラヌール書店を参照 https://note.com/bookcellar/n/n4a677144b920?magazine_key=m8ef6b6ddeb0b

AIで選書の相談や話相手になってくれるくらげ副店長

――品出しはどれくらいかかりますか?

遠井 14時くらいには終えます。そのほかの時間は接客もしつつメール対応だったりPeatixのイベントページを作ったり、事務仕事ですね。

freee社員の有志と「くらげ会」という透明書店のバックオフィスチームを作っていまして、事務仕事はそのメンバーと一緒に進めています。具体的には、伝票類をfreee会計にアップし、タイトルやISBNコード、出版社名を記入した発注リストを更新するなど、作業はたくさんありますね。

――売上公開のnoteを見ているとグラフなど分かりやすくすごく完成度の高い資料だと思うのですが、やはり一人ではなくチームで作っていたのですね。

遠井 くらげ会のお陰でバックオフィス業務を綿密に、厳密にやれています。

親会社であるfreeeの有志がバックオフィス支援をしてくれているそう。心強い!

――ちなみにお昼ご飯はどうされてますか?

遠井 近所で買ってきておいたパンやおにぎりのこともあれば、家で作ってきたお弁当のこともあります。15時~16時くらいに食べますね。

――お弁当はいいですね。閉店は19時でしたか?

遠井 そうですね。19時に店を閉めて休憩してから片付けをして、店を出るのが20時頃でしょうか。帰宅後はなるべく夕飯を作って食べています。

――イベントがあるときは夜が遅くなる感じでしょうか?

遠井 営業時間をずらしています。基本的には通常営業を13時半から17時、休憩後イベント設営をして19時半から本番、22時には撤収します。原則1時間休憩+8時間労働でやっていくということにしています。

透明書店 遠井さんの一日
11:00  お店にくる 
 開店準備(掃除・棚を整える)
 開店準備後、休憩
12:00 開店
 SNS投稿
 入荷チェック、Squareへの商品登録のち、品出し(~14:00)
15:00~16:00 お昼ごはん(パン・おにぎり、お弁当の日も)
接客と並行して、メール対応、イベント告知などの事務作業
19:00 閉店
 休憩後、片付け
20:00 帰宅
※イベントのある日は、13:30開店、17:00閉店。イベントの実施後、22:00頃帰宅

透明な本屋に聞く「発注、どうしてる?」

取材時の平台。ビジネス、文芸・人文のほか、話題になった文庫版『百年の孤独』も!

――近刊情報はどこから得ていますか?

遠井 Books※を使っています。「文芸・人文」や「芸術」、「文庫・新書」などカテゴリ分けされているのでそれぞれ指定して、1ヶ月くらい先の情報をできるだけ広く取ります。

※本の総合カタログBooks出版書誌データベースのこと https://www.books.or.jp/

――結構先の情報まで見られるんですね。

遠井 出版記念イベントをしようと思ってオファーのタイミングを考えると、これくらい先の情報まで見ないと間に合わないんですよね。とはいえ、情報の公開が版元によっては遅れているところもありますので、直近のものも見るようにしています。何度も見ないと、あとから更新されることもありますし、見落としていることも結構あるんですよ。

――スモールビジネスの店ではあるけども品揃えは幅広く、とおっしゃっていましたが具体的にはどのように選んでいますか?

遠井 まず各ジャンルの人気作家や重要な作家の名前は覚えるようにしています。その人の新刊が出たら関連書籍もチェックしながら揃えるような感じですね。

とはいえ、スペースが限られているので何を残して何を仕入れるのか。新刊を広く扱うとなると何がしたいのかわからない半端な本屋にもなりかねません。そのためにどうするか、は難しいですが、お客さまが購入されたり手に取られた本を見て、それらに通じたり響き合うような本を選ぶようにしています。そうして店に合う本を探すとなると、出版社や作家のSNSアカウントを見るのも大事ですが、結局のところBooksをしらみつぶしに見ていくのがいまは一番早いかもしれないですね。

お客さんの傾向とBooksの新刊情報、イベント企画など検討しながら仕入を決めるという。

――発注についてはどうしていますか?

遠井 補充発注はトーハンとの取引があるのでTONETSを中心に、各出版社の受発注サイトも使います。新刊発注はBookCellarでできればBookCellarから、そのほかen CONTACT も使います。en CONTACTについてはアクセスしてはじめて知る新刊も結構あるので定期的に見るようにしています。

――FAXについてはどうですか?

遠井 実はWebから事前指定できない出版社も多いんです。そういう場合はFAXが一番早いですね。メールで案内をくださる出版社や個人のリトルプレス作家さんにはメール返信で発注することもありますが、FAXがない出版社さんは現状ほぼないので、新刊をまとめて何タイトルも発注する際にはFAXだけでやるのが効率がよくてどうしてもそうなります。
客注やイベント時のフェア用でトーハンに在庫がないものは出版社に電話することも多いですね。

――BookCellarを利用することになったきっかけはなんでしょう?

遠井 トランスビュー取引代行の本を発注するためです。透明書店開業前に本屋B&Bで研修を受けているときにBookCellarの存在を知り、透明書店でも最初から利用しようと思いました。トランスビュー取引代行の本は小さな出版社の個性的で存在感のある本が多く、スモールビジネスを応援する透明書店としては欠かせないものです。


――BookCellarへの要望はありますか?

遠井 新刊予約の注文ページで、掲載されている本の発売日が分かりにくいですね。2週間先や1ヶ月先など、発売日を指定した表示ができないので、どこまでの先の新刊が表示されているのかそれぞれの本のページに行かないとわからないんです。

それと同じ新刊予約ページのことですが、予約注文ページに掲載されている本のISBNコードがクリック一つでコピーできるボタンがあると嬉しいですね。イベントの発注用にスプレッドシートに書籍リストをまとめる際など、細かい数字を何冊分もコピーするのはそれだけでもひと手間なので、版元ドットコムのように簡単にコピーできるボタンがほしいです。コピーするISBNコードはハイフンなしだとありがたいです。Square やスプシなど業務で使用する場合はすべてハイフンなしにしているのと、ウェブ検索のときでもハイフンなしでヒットするので。

透明書店の新刊チェック・発注利用ツール
商品管理
Square:単品登録 ※スリップは使わない
売上チェック
Square:販売書目・売上確認
新刊チェック
Books 一ヶ月先までの刊行予定をジャンル毎にチェック
発注
TONETS:補充
BookCellar:新刊注文、トランスビュー扱いの補充
en CONTACT:新刊注文
FAX:新刊注文
メール:新刊注文、リトルプレスなど直取引の注文
出版社各社の受発注サイト:補充注文、新刊注文、客注
電話:イベント、フェア用書籍の発注、客注

BookCellarでこの本発注しました

エッセイのラインナップ。中前結花さんの『好きよ、トウモロコシ。』(hayaoki books)はよく動く1冊。

――BookCellarで発注して印象的だった本を教えて下さい。

遠井 安達茉莉子さんの『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(三輪舎)、中前結花さんの『好きよ、トウモロコシ。』(hayaoki books)はよく動きますね。あとは『転職ばっかりうまくなる』(百万年書房)と『鬱の本』(点滅社)です。イベントと展示をさせていただいた『東京となかよくなりたくて』(月と文社)も根強いです。これらは通算売上ベスト10に入ります。

そのほかだと、「素敵な小さい出版社」という棚を設けているのですが、その棚に置いている本として『毎日のことこと』や『夏みかんの午後』(どちらも信陽堂)、『「家庭料理」という戦場』(コトニ社)、『死者の民主主義』(トランスビュー)ですかね。

売上通算ベスト10に入るという『東京となかよくなりたくて』(月と文社)と『転職ばっかりうまくなる』(百万年書房)

――最後に透明書店の今後についてお伺いしたいです。スモールビジネスの支援として透明書店を立ち上げられましたが、本屋をやってみて遠井さんは書店経営についてどんなことを感じていますか?

遠井 トークイベントは、スモールビジネスを始めたい、またはされている方にとって刺激になるような著者や出演者の方をお招きしていて、イベントに参加される方どうしや参加者と出演者の交流の場になっていると感じます。
また、貸し棚サービスを2024年4月から始めましたが、透明書店の貸し棚のコンセプトは「独立したい系書店」で、何らかの事業を始めたい方がその第一段階やきっかけとして棚で仕入れた本や自作の本などを売ることに挑戦する場となっています。
これらの透明書店の活動や発信に刺激を受けて、ご自身でオンラインや棚貸しの書店を開業された方もおられます。
私個人としては、本を売ることは売上としては本屋の一部であり、イベントやスペースレンタル、飲食など他の事業と並行してやっていくのは必須であるという現実をしっかり踏まえつつ、それでも透明書店の中で起こる様々な出来事や出会いがあくまで本をきっかけとするように尽力したいです。すばらしい本があってそれをお客さまに知ってもらい読んでもらうために、すばらしい本と著者がずっと活動していけるようにできることをやりたい。本屋としての存続のためにいろいろやるという考えではなく、本があるから何かが起こる、その力がある本をたくさん見つけて、またその本の力をもっと見えるように売り場を作ったり発信していきたいと考えています。

イベント情報

――ありがとうございます。さて、何かお知らせしたいイベントがあれば教えて下さい。

遠井 ササキアイさんの初商業出版刊行となる『花火と残響』(hayaoki books)発売記念トークイベントを9/26(木)に行います。お相手に『速く、ぐりこ!もっと速く!』(百万年書房)の早乙女ぐりこさんをお迎えして、会社員として働きながらものを書くことについてお話を伺います。ぜひお越しください。

イベント名:ササキアイ×早乙女ぐりこ「会社員、ものを書く。ーー文学フリマが変えた人生」『花火と残響』刊行記念イベント
日時:2024年9月26日(木)19:30~
場所:透明書店
参加方法:ご予約は以下URLより


店長の遠井さんとクラゲ副店長

透明書店で仕入れた本・売れた本 

・『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(三輪舎)
・『好きよ、トウモロコシ。』(hayaoki books)
・『転職ばっかりうまくなる』(百万年書房)
・『鬱の本』(点滅社)
・『東京となかよくなりたくて』(月と文社)
・『毎日のことこと』(信陽堂)
・『夏みかんの午後』(信陽堂)
・『「家庭料理」という戦場』(コトニ社)
・『死者の民主主義』(トランスビュー)

BookCellarをご利用いただくと、透明書店・遠井さんが記事内にて紹介した本を仕入れることができます。
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「本屋発注百景」とは

本屋さんはどんなふうに仕入れを行い、お店を運営しているのか。様々なお店の「発注」にクローズアップして取材する月イチ連載企画です。
過去の連載もどうぞチェックしてみてください。

https://note.com/bookcellar/m/m8ef6b6ddeb0b

取材日:2024年8月30日
取材・文・写真 和氣正幸