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夜行、果てに待つ曙光(読書記録23)


■夜行

 今回の読書記録は、森見登美彦著:『夜行』。
 夜行、と聞くと何が思い浮かぶでしょうか。夜行列車、夜行バス、夜行性、百鬼夜行……。当然のことながら、夜にまつわるものになるので、どこか暗いイメージを纏う言葉が多いと思います。
 私はまず百鬼夜行が浮かんでしまうので、必然的に言葉に妖しいニュアンスが含まれてしまうというか。魑魅魍魎たちが夜の、一面白の世界の街の中を、群れを成して行進している様が思い浮かびます。決して人間とは相容れないもの、それが夜行、だと私は考えます。
 夜行列車にしても、夜行バスにしても、どこかで魔が口を開けて待っていて、そこに足を踏み入れてしまったら戻ってこられないような、そんな暗い印象をもっているのです。

 この『夜行』は鞍馬の火祭で消えてしまった長谷川さんを偲んで、十年後に火祭にともに参加したメンバーが集うところから始まります。そして彼らは夜の旅館で、雨が降りしきる中、百物語をするように、順に自分の体験を語りだすのです。そして、メンバー全員の体験の中に、岸田道生という銅版画家の作品、「夜行」が登場するのです。

 そうです。この作品の夜行、とは、岸田道生の作品「夜行」を指し示します。

 メンバー全員が語り終えたとき、待ち受けるものは何か。彼らは長谷川さんを見つけ出すことができるのか。そして、「夜行」と対になる岸田道生の作品、「曙光」。その二対の作品に秘められた謎とは。

 結末はぜひ、ご自身の目で確かめてください。

■物語るという力について

 メンバー五人のうち、主人公を除いた四名がそれぞれ自分の体験を物語るという形式をとっている本作。その体験はどれも現実とは重なり合わない、ずれた異界での体験のような奇妙さと恐ろしさを備えています。
 私が一番これは、と思った体験は「第一夜 尾道」です。いなくなってしまった妻を追いかけて尾道までやってきた中井さんが体験したこと……。営業していないどころか、人が生活している気配もない雑貨屋にいた、妻と瓜二つの女。そこの家主だというホテルマンは誰も住んでいないと語る。女からは救いを求める電話がかかってくるが、約束の場所に現れたのはホテルマンだった。
 妻と瓜二つながら、女は中井さんのことを知らない風で、中井さんも釈然としないものの、別人だと考えることにするのですが、ここの非現実への入り口を「妻」という最も身近な女性に置いているところが、私は好きです。

 体験したこと、として物語る以上、読者はそれを事実だと信じます。登場人物が嘘を語っていると推察できる根拠が提示されていない限り、虚構の小説であるにも関わらず、その中の事実として無条件に受け入れるのです。ここに、虚構なのに現実のことのように認識する、虚構と現実の捻じれが生じます。
 この捻じれが解けてしまったとき、読者は我に返って現実に戻ってしまうわけですが、作者の物語る力が巧みであればあるほど、読者を捻じれの中に閉じ込め、非現実の世界に浸らせることができるのです。
 『夜行』のそれぞれの物語は、読者を引き込んで離さないような、そんな魔性じみた魅力を持っています。

■誰の傍にも潜む魔

 『夜行』で物語る四人と主人公は、特別な人たちではありません。どこにでもいるような人物たちです。その五人が、揃って不思議な体験をするというのは物語だからでしょうが、実際に不可思議な出来事は、誰の隣にもあるものです。これを読んでいる方の中にも、取り立てて騒ぐほどではないけれど、現実ではちょっと説明ができない体験をされた方もいらっしゃるのではないかなと思います。
 私は霊感などはない(何かが見えてしまったことはない)と思っていますが、見えないだけで不可思議な体験をしたことはあります。一番大きな出来事は、修学旅行先のことでした。この体験は、先日公開した『かげみぼう』の中にも反映をしています。どの部分か、というのは内緒にしておくこととして。ただ、その体験がなければ『かげみぼう』という作品は書かなかったんじゃないかなと思います。
 他にも書店員時代は、夜間などに随分怖い思いをしました。あとは、私は「家」というものに恐怖心があるというか、実家(既に取り壊されて存在しませんが)にいた頃は、誰もいないはずの二階から足音や扉の開閉音がする。その二階にいると、誰かから名前を呼ばれる。二階の部屋の扉に人の顔のような染みがある、など不穏なことが多々。先日妻の実家に行った際には、暗い廊下で子どもくらいの大きさの物体が暗闇の中で向かってきて、慌てて避けて振り返ったら誰もいない(子どもたちは全員居間にいた)など、家の中で変なことに遭遇する可能性が高いのです。
 余談ですが三津田信三著の「家」をテーマにした怪談のシリーズに魅せられてしまうのは、そうした体験があるからこその、怖いもの見たさ、なのかもしれません。

■旅

 この小説を読んで、旅をしたくなりました。
 別に不思議な体験をしたいというわけではなく、ただ単純に乗り物に乗ってどこか遠くへ行き、見知らぬ景色を眺めて、その土地の人々の生活をただ眺めてみたいのです。観光地などではなくていい。ただ、ここではないどこかへ行きたい。

 そうした考え自体が、魔に付け込まれるものなのかも、しれませんが。

 岸田道生は各地の景色を題材に「夜行」を四十八枚残しました。
 私は大学生の頃、卒業後は全国を転々としながら各地で生活して、取材をし、その土地にちなんだ小説を書く生活を送るつもりでした。諸事情で断念しましたが。
 だから、岸田道生が「夜行」を残したように、私も小説で「夜行」のような作品を残したいと考えています。
 いつの日になるかは分かりませんが、いつか。

 もしnoteから水瀬が黙って消えることがあったなら、そのときは、水瀬は昔から追いかけられていた魔に飲まれたのだと、そう考えていただければ。

 では、次回の読書記録で。


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