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自分にとってかけがいのない作品になった映画「ルックバック」

人生で心が震えた瞬間というのは、いつも鮮明に思い出せる。

そのときの光景と匂いを鮮明に思いだす。

そんな瞬間を映画「ルックバック」で味わった。

劇場に4回足を運び、アマプラでも観た。そしてまだ劇場で観たいと思うくらい。人生を突き動かせるというのは大袈裟だけど、こうゆうことなんだと自己解釈できた作品になった。
舞台挨拶の会も行かせていただいて、押山監督や吉田さんの想いを聞くことができたのもとても素敵な思い出です。

だから何度も自分の記憶を再生することもできる。
でも、書き残しておきたいからここに書き残す。
みんな観てほしいという感じでもない。でも大切な人には薦めてる。
そんな感じ。

映画での表現「コマとコマの間にある時間」

原作でも存分に心が震えたのは間違いない。
ただ、映画のファーストシーンから藤野の背中とharuka nakamuraさんのサウンドに心を全部持ってかれた。

コマとコマにあった確かな時間が丁寧に愛情たっぷりに描かれている。

セリフがなく、haruka nakamuraさんのサウンドと描写だけでここまで人の心を動かすのかと。涙が止まらなかった。

2人の少女が確かにそこにいて、そこに存在していて、だから生まれた藤野キョウの「メタルパレード」や「シャークキック」
僕は2人が天才だと言いたい。褒めたい。褒めさせてほしい。

1人目の天才「藤野」

まず、なんといっても藤野は天才だ。毎回毎回学年新聞に4コマ作品を作れるアイディアと構成力。運動神経も良くて、周りからも尊敬される。はたから見たら「天才」だと思う。そして京本の作品を初めて観たあの日からの、全ては京本を超えるため。自分の高みを目指すため。あの努力を背中で見せつけられるシーンは藤野は努力の天才なんだとも思う。
でも当の本人は、京本の画の前に自分の才能の無さを実感し、一度止める。
自分の才能なんて、自分では分からない。だからこそ、京本の存在が、藤野の人生すら変えたと思っている。

2人目の天才「京本」

まず、「人が怖くなっちゃって学校に行けない」という背景から個人的に感情移入してしまって、多分それが今回こんなにも心を動かされているんだと思う。初めて学年新聞に掲載された「放課後の学校」はクラスメート全員がプロじゃんと言わしめるほど、画力の上手さは天才なんだろう。でも天才だと思ってたその画力は、とんでもない努力の積み重ねだった。だからもしかしたら京本も努力の天才だったんじゃないか。そして藤野先生だと分かって、外に飛び出すシーンも、自分を変えることができた天才だと思う。

互いに背中を見ていた2人

藤野が一度は止めた創作を再び始めるきっかけになったのは、紛れもなく京本が1番のファンだったから。
京本が画をもっと上手く描けるようになりかったのは、紛れもなく藤野と漫画を連載したかったから。
学年新聞の4コマ漫画から1番勇気をもらっていたのは、紛れもなく京本で、藤野はそんな京本から1番認められたかった。

だからこそ、今までずっとずっと心の奥の中にあった感情の扉が開いた。
あの雨のスキップシーン。

このシーンも含めて映画館で映像で観てほしいなと思ってます

創作という孤独な作業を続ける原動力はそんな私を「待ってる大事な人」がいることだと思った。

怒りで過去を振り返るな

ifのパートでも、京本は自分で外に出る。そして美大に通う人生だったことは分かるけど「メタルパレード」も「海のある町々」も「セミ人間」も「ミノムシ」も「カニを食べ〇〇」も藤野と京本が過ごしたかけがいのない青春時代もない。そして京本が1番のファンだった「シャークキック」も。

あの悲しい事件を1度は私のせいだと、追い込んだ藤野。
それでもここまで歩んだ過去を、積み重ねた過去を振り返り、未来を背負う、12巻を世界中で誰よりも楽しみにしていた人。そう「京本」が待っていると、再び歩き始めたんだと思った。

重版分も全部購入していて、ジャンプの紙面アンケも毎週回答している光景が見られるからこそ、、、

そして最後に問う

「じゃあ、藤野ちゃんは、なんで、書いてるの?」

これが「ルックバック」の全てだと思う。

これに「ルックバック」の答えが集約している。

このあとのシーンから僕は大げさに言うけど、死ぬまでこのシーンを忘れないと思う。何度も泣いた。haruka nakamuraさんのサウンド全部凄いです。

1番感情がぐしゃぐしゃになったのは2人が街に遊びに行くシーン。人が怖くなって外にも学校にも行くのが怖くなった京本が、藤野となら勇気を出して、沢山青春している時の表情1つ1つが、全部愛おしくて、また本当に1歩歩みだす、震えるくらい勇気を出したんだなと勝手に解釈してしまいました。

そうゆう生徒と沢山ぶつかってきた自分の過去。背中をここで感じてぐしゃぐしゃになりました。

今日を歩む

創作ってどんなことがあっても、死ぬまで走らなくちゃいけないのかもしれない。そして創作とは孤独なのかもしれない。ある日誰かに評価されるまで、誰にも見られないまま、暗闇を進んでいるのかもしれない。

無意味でなんの価値のあるものでもないのかもしれない。
それは僕は人生をかけてきたスポーツと一緒で自己満足と思われることもある。ある一定の才能や努力をしてきた人のみのものだと言われる。それでも、待ってくれる人に。大切な自分の才能を褒めてくれる人に待ってくれる人に、感動を、想いを届けたいから、前に進み続けるんだと思う。

チームメイトの死もあった、才能に押しつぶされたこともあった、それでも目の前の人を笑顔にさせるために、積み重ねた過去を見て、背負い生きていく。そんな自分の人生にもリンクすることがあったからなのかな。

映画「ルックバック」藤本タツキ先生も、押山監督、全ての製作者の方々に本当にありがとうございました。と感謝したいです。

今日も観て「今日を歩み」ます。


2400字くらい書いてしまいました。恥ずかしい文面になっててもいいです。
自分の人生で胸を張って言える、人生に刻まれた1番の作品だからです。

「ルックバック」

ありがとう。



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飯塚淳平
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