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『伊勢物語』の恋人たち

 時は平安時代。在原業平(ありわらのなりひら)青年が、幼なじみでずっと想いを寄せていた隣家の紀有常(きのありつね)の娘に、歌を贈りました。その歌とは、

 筒井つの 井筒にかけしまろがたけ 過ぎにけらしな妹見ざる間に

 「あなたと会わないでいるうちに、ボクの背丈もずいぶん伸びてきましたよ」というような意味ですね。すぐに「逢いたい」とか「好きです」なんて言わず、かなり婉曲的な表現になっています。これに対して娘が返事をよこしてきたのは、

 くらべこし 振り分け髪も肩過ぎぬ 君ならずしてたれか上ぐべき

 意味は、「あなたと比べっこをしていた私のおかっぱの髪も、今では肩を過ぎてずっと長くなってしまいました。でも、あなた以外の誰のために私の髪を結い上げて成人のしるしとできましょうか」

 いかがでしょう。幼馴染みで初恋の男の求愛に対し、これほど見事な答えはないのではないでしょうか。奥ゆかしさのなかにも、一途な想いと熱い情感がズコーン!と伝わってきます。しかも何という洗練さ! かの時代の男女のありようのあまりのカッコよさに、舌を巻かざるを得ません。
 

在原業平
 825~880年。阿保(あぼ)親王の五男で、平城天皇の孫にあたる。行平の弟、妻は紀有常(きのありつね)の娘。『 古今集』の代表的歌人で、六歌仙および三十六歌仙の一人。官位には恵まれなかったが、右馬頭、蔵人頭などを歴任。容姿端麗な風流人だったとされ、当時の官撰の史書『三代実録』に「体貌閑麗、放縦拘らず、ほぼ才学無きも、よく和歌を作る(優雅な美男子であり、儒教倫理に煩わされず、自由に生き、漢学の才はそれほどではないが、和歌の名人である)」と記されている。別称の「在五中将」は、在原氏の五男であったことによる。
 

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