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木彫しながら星野道夫さんの旅をする木と人生を思った

 私は今、木で彫刻を創っています。

 長さ約1メートル、直径約40センチくらいの丸太から、ある像を彫り出しているのです。年輪から推測すると50~60年くらいは生きてきたかもしれないケヤキです。堅く鑿を弾くこのケヤキと向き合いながら、私は「旅をする木」のお話を思い出しました。

 アラスカに暮らし活動中、カムチャッカでクマに襲われて亡くなった星野道夫さんが、ご自身の本のなかで「旅をする木」について紹介している文章があります。

 こんなお話です。

 一羽のイスカがトウヒの種子を森に落とします。トウヒは大木に成長しますが、長い歳月のなか、森が川の浸食で削られていき、川岸に立っていたトウヒは春の雪解けの洪水にさらわれてしまいます。

 大河ユーコンを旅し、ベーリング海へと運ばれ、北極海流にのり、木の無いツンドラ地帯の海岸へたどり着きます。打ち上げられ流木となったトウヒは、キツネやエスキモーと出会い、やがて、原野の家の薪ストーブのなかで果てしない旅を終わらせるのです。

 でも、その燃え尽きた大気の中から、生まれ変わったトウヒの新たな旅も始まってゆく・・・

 こんな、静かで温かい心に残るお話です。

 薪ストーブの中で薪として燃やされたトウヒは、煙となって大気に溶け込み、それはまた風にのり、命の循環のように何かの一部となって、地球のどこかで新たな生を生きるのでしょう。 

 いま、私の目の前にあるケヤキは、どこで生まれ、何を感じて成長し、どんな旅をしてきたのでしょう。

 このケヤキは、私の彫刻として一体の像に彫られ、出展され、誰かの目に触れて、ケヤキとしてだけではない、ある種の想いも届けてくれるでしょうか。

 このケヤキの旅は、彫刻として彫られたあと、やがて、いつか、どこかで朽ち果てて、土に還ることで終わるのかもしれません。

 朽ちたあと、また新たな生命を育むかもしれません。

 せめて、このケヤキの旅の途中、私と出会ってよかったと、私の彫刻として彫られて楽しかったなと感じてもらえるように彫りたいな。

 そう、思いました。

 私も、まだまだ旅の途中。人生を、命を、使い切ったと思うまで生きてみたい。そう、思いました。






 

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あとりえぽえとりあ  
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