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それは友情

高校生でした。

実家近くの幼なじみの家で初めてワイ子に会いました。

ワイ子は私の幼なじみの親戚でした。

冬休みで遊びに来ていたようです。

私たちよりもひとつ年下でした。

市内の女子高に通っていました。

可愛い娘です。

話をしてみると、自由奔放でサバサバした性格でした。

あまり女の子を感じさせない、男友達のような気安さがありました。

ワイ子も、私のことを、けっこう気に入ってくれたような印象を持ちました。

そしてお互い、その当時付き合っていた異性の友達と、あまりうまくいっていないという共通点がありました。


冬休みが明けると、ほどなく2月がやってきます。

2月というと、あの行事…そう、バレンタインがあります。

あまり、うまくいってなかったとはいえ、2月11日(祝)の夜にガールフレンドのところに電話をかけました。

なんだかんだ言っても、チョコをもらいたいですからね。

ところが、大げんか…。

若かったなあ。

14日(土)…よりによって、その年は土曜日でした。

当日は、ふて寝にしようと決めました。



捨てる神あれば、拾う神あり!

「ねえ、エイチ(私の下の名前のイニシャル)、彼女とどうなった?」

電話が来たのは、13日(金)の夜でした。

ワイ子からです。

呼び捨てです。

「ダメだ!バレンタインって、罪作りなイベントだよなあ、チョコもらいたくって、あせったら、ケンカしちゃったよ」

「きゃははは…お互いダメだねえ、なんかわたしの方は、彼氏に新しい女が出来たみたい…」

なんのことはない、振られ者同士です。

「ねえ、じゃあ、明日ヒマでしょ!」

「まあ、そうだな」

「見たい映画があるんだけど、おごってよ!チョコあげるから…」

う~ん、それも悪くないな。

「いいよ、じゃあ、明日、会おうか」


当時の高校生の待ち合わせ場所の定番は、駅前にあったMという書店です。

近くに映画館がたくさんあったので、待ち合わせ場所としては最適でした。

午後2時に入っていくと、ワイ子がプンプン怒っています。

「も~う、なんで1時間も遅れてくるのさ!」

「えっ?1時間?2時の待ち合わせだろ?」

「違う、違う、1時って言ったじゃない!」

「だって、映画は2時15分からじゃないか!」

「その前に、お昼ごはん食べさせてくれるのが普通じゃない?」

げえ~、わがまま娘だなあ。

でも、男としてはこんな甘え方は、イヤじゃないけどね…。

なんにしても、携帯電話のない古き良き時代の待ち合わせです。

ワイ子には、映画を観た後に、早目の夕食を食べさせることを約束して、映画館に入りました。





イエスタディというアメリカ・カナダ合作映画です。

主人公はガブリエルという女性でした。

ベトナム戦争で、恋人・マシューが戦死したという連絡を受け、失意のなかでマシューのこどもを産み、育てる決意をするガブリエル。

数年後、実はマシューが生きていて、ある病院で車椅子の生活をしていることを知り、こどもと一緒に駆け付けるガブリエル…。

再会の感動的なシーンで流れたのが、ニュートン・ファミリーの「スマイル・アゲイン」です。

コテコテの恋愛映画でした。

ワイ子、隣でちょっと泣いていました。


映画館を出たあと、早目の夕食を食べてからバスに乗りました。

途中でワイ子が降ります。

降りる直前にワイ子が言いました。

「あっ、そういえば、チョコ、今日忘れたんだ!」

ガ~ン!!!

「ごめんね。ねえ、明日もヒマでしょ!12時に、T(軽食喫茶)に来て!今日のお礼にお昼おごるから…」

もう、強引なヤツだなあ~。

まあ、男としてはイヤじゃないけどね。




Tは、女子の溜まり場という印象が強い喫茶店でした。

野郎同士で行く店ではありません。

アベックで行くのも、ちょっと気まずいような店でした。





「エイチ、タバコ吸ってもいい?」

「おまえ、タバコ吸うの?」

そして、バッグから出したのが、ハイライトでした。

時代はすでにマイルドセブンでしたが…。

っていうか、老舗女子高生がタバコ吸ったらイカンでしょ…。

「じゃあ、オレにも1本くれ!」

「エイチ、吸うの?」

「ふだんは吸わねえよ!」

「ありがと…やさしいね…」

ふたりして、食後のスッパスッパでした。




「ねえ、これから弟さんのところに行くの?」

ランチを食べたあと、ワイ子が言いました。

「ああ、そうだ」

当時、弟は、G病院に入院していました。

当時10歳、小学4年生でした。

大きな病院だったので、院内に小・中学校がありました。

そこに通っていました。

小学1年生の3月に白血病だということがわかりました。

それから、入退院を繰り返していました。




弟は16歳のとき、亡くなりました。


「連れていってよ!」

ワイ子には、冬休みに初めて会ったときに、弟のことを話していました。

「まあ、いいけど…」


ふたりして、弟の病室に入っていきました。

小児科です。

4人部屋です。

弟はパジャマで、ベッドの上にすわり、マンガを読んでいました。

「うああ~、かわいいねえ、同じ兄弟とは思えないなあ…」

弟は私より目が大きくクリクリしています。

「昔はオレも同じ顔してたよ」

「うそだあ~、ねえ、将来、お兄ちゃんみたいには、ならないよねえ」

ワイ子、特別明るく振る舞っています。

「ねえ、エイチ2(弟のイニシャルも私と同じ)君!プレゼントがあるんだよ」

ワイ子がバッグから出したのは、リボンのついた四角い箱でした。

「ほら、開けてごらん」

弟は、ニコニコ照れながら箱を開けました。

「あっ!チョコだあ」

いろいろな種類のチョコが9個、小さな仕切りの中におさまっていました。

「おねえちゃん、どうもありがとう!」

弟の可愛い笑顔…。

「おいおい、オレには?」

「もう~、こどもみたいね、はい!」

ワイ子が私に手渡してくれたのは、弟の半分くらいの大きさの箱でした。

「ひどいなあ~」

弟は大笑いです。


帰り道、コートのポケットに手を入れていた私の右腕にワイ子は左腕をからめてきました。

「なに、急に…」

「いいでしょ!恋人同士みたいじゃない?」

ちょっとドキッとしました。

頭の中に、オフコースの「さよなら」が流れました。

この曲の2番の歌詞です。


僕が照れるから誰も見ていない道を

寄り添い歩ける寒い日が君は好きだった




「ねえ、昨日チョコ忘れたってウソだろ?」

「ううん、ホント忘れたんだよ」

「じゃあ、計画的に忘れたんだ!」

「何、言ってんのさ!」

「おまえ、いいヤツだな…」

「ばかあ…」




ふたりの仲が発展することはありませんでした。


そのかわり、忘れた頃に、お互い連絡を取り合って、何度か出かけました。

そんなときでも、色っぽい話はありません。

固い友情で結ばれていましたので…。



もう20年以上会っていません。

結婚をして、幸せに暮らしているようです。

もし、また会っても、友達として楽しい話ができると思います。


エイチ、聞いてよ!

そいつ、勘違いしてんのよ!

わたしのこと、自分の女だと思ってんのよ!

ちょっとやさしくしたら、つけあがって…。

ちょっと前に電話してきたのよ!

通学前のクソ忙しいときに…。

女は朝、いろいろ用事があるんだから、迷惑なのよね!

電話切ろうとしたら、おまえ冷たいなだって!

もう、なんなのよ、あいつ…。


お前だって、その勢いで、オレの通学前に電話かけて寄こすなよ…。

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