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年末年始に『孤島の鬼』

田舎でオバサンをやっておりますと、年末年始は何かとゴニョゴニョゴニョでムムムなことが多ございます。
そんな自分を解放するため、この時期になると読む本があるのですが、それが、タイトルにあります『孤島の鬼』です。

江戸川乱歩の長篇探偵小説の怪作にして傑作。
これが乱歩作品の中で一番好きという方も多いと聞きます。
(私も大好きです)

何がいいかって、何度読んでも面白いんです。
展開もトリックもオチも全部知っているのに、物語に没頭できる。

著作権の保護期間が終了しているので、<青空文庫>で読めますが、現時点(2024年末)で、複数の出版社の文庫版が存在します。

個人的にイチオシなのが、<創元推理文庫>版。

*挿絵:竹中英太郎 (挿絵は挿絵でも初出時の挿絵)
*解説:中井英夫 (三大奇書『虚無への供物』の作者)
・・・という豪華な布陣。

昭和の薄暗い燭光で読んでいるような不気味な雰囲気が味わえるので、おすすめです。

昭和一桁という発表された時代が時代ということで、今なら絶対NGな表現や設定が多数出てきます。
しかし、そこに差別的な意図はないという理解が必要です。
ジレンマではあるのですが、その設定がないと、この物語世界が成立しないのです。
読む際には、今とは違う時代に書かれた物語なのだと割り切って下さい。


さて、前置きが長くなりましたが、ここで一度『孤島の鬼』の魅力をまとめておきたいと思います。

【1】導入で示される奇譚の痕跡

物語は、主人公で語り手である<箕浦金之助>の回想という形で幕を開けます。
その冒頭で読者が見せられる事件の痕跡。

*まだ三十にもならないのに全て白髪となった主人公の頭髪
*彼の妻の太股に残る、怪我の痕でも病気の痕でもない不可思議な丸い痣

・・・これらは、彼らが遭遇したとある事件の壮絶さを示す証拠となるものです。

「え?一体何があったの?」と、ここで一気に物語世界に引き込まれていく仕掛けです。

【2】殺人事件の発生から解決までを序章で使ってしまう贅沢さ

開始から程なくして<箕浦金之助>の恋人であった<木崎初代>が殺される事件が発生。
<箕浦金之助>は、その捜査を友人の素人探偵<深山木幸吉>に依頼するのですが、彼もまた殺人事件の被害者となってしまいます。
(※本文冒頭の「はしがき」でこの件はあらかじめ明かされていて、ネタバレにならないと思われるので書きました)

前者の事件が<密室殺人>であるのに対して、後者の事件は<衆人環視の殺人>です。この対比が面白い。

乱歩ワールドをじゅうぶんに堪能できる殺人事件パートだけでも満足度は高いのに、これがまだ序章にしか過ぎないという時点で、この物語が壮大なものであるということがおわかり頂けるかと思います。

【3】圧倒的存在感の<裏主人公>

この物語の主人公<箕浦金之助>は、読者側にはその魅力がいまいち伝わってこない(私だけ?)のですが、なぜだかよくモテる人物です。
それも男女問わずという色男っぷりで、彼の年上の友人<諸戸道雄>からは、読んでいるこちらが照れるほどの熱視線を送られています。
(今で言うBLというやつですが、初出の時代を考えると、かなり大胆な設定です)

この<諸戸道雄>という人物の持つ美貌と翳りが、物語全体を覆う耽美なムードの発生装置になっていて、こちらが本当の主人公では?と思わせる存在感があります。
彼がいるのといないのとでは、読後の余韻が違う、たぶん。
最後、泣けてくるのはこの人がいたから。

【4】ワクワクな小道具が引き立てるドキドキな冒険物語

ここからがこの物語の本題です。
殺人事件をきっかけに、<箕浦金之助>と<諸戸道雄>は、紀州の離れ島<岩屋島>に向かうことになるのですが、そこに至るまでに、読者の好奇心をくすぐる魅力的な小道具が登場します。

*その1:系図帳に潜む謎の暗号文

神と仏がおうたなら
巽(たつみ)の鬼をうちやぶり
弥陀(みだ)の利益(りやく)をさぐるべし
六道(ろくどう)の辻(つじ)に迷うなよ

「孤島の鬼」

・・・この意味のわからなさがたまらないですね。


*その2:古い奇妙な鉛筆書きの日記帳

本文をそのまま引用するという形(作中作)で結構長めに続きますが、臨場感が不気味さを助長していて、途中で読むのをやめられないとまらない。
書いたのは、座敷牢に監禁されている結合双生児の片方、<秀>ちゃんという少女です。

・・・不穏ながらだいぶ気になる設定。


【5】手に汗握るクライマックス

そんなこんなで、孤島に上陸した<箕浦金之助>と<諸戸道雄>は、上記の謎を解くために奔走する訳ですが、最後の最後に暗黒の迷路に放り込まれます。
この極限の脱出ゲームがおっそろしい。
壮大な奇譚の総仕上げに相応しいシーンです。

・・・二人がどうなってしまうのかは、読んでからのお楽しみということで。


『孤島の鬼』は、全部の具材が美味しいお弁当のような作品です。
読んでいる間も楽しいし、読んでからの満足感もすごい。
そして、何度でも読みたくなっちゃう。

うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと

・・・と乱歩の言葉にありますが、
この『孤島の鬼』という、豪華な<夜の夢>に浸って、何かと気ぜわしい年末年始の<うつし世>を越えて参りたいと思います。

という訳で、
皆さま、よいお年を。
来年も素敵な<うつし世>でありますように。
来年も素敵な<夜の夢>が見られますように。

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