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マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【4】

英文学者として母校早稲田大学で教壇に立ちながら、その傍らで小説も書く。"文文"両道、二足の草鞋を履いたその方は…

小沼丹(1918ー1996)

小沼タン!(かわいい)

探偵小説に特化した作家という訳ではなく、主に、日常の出来事について書いた短篇小説(私小説)や随筆などで有名な小説家です。

読んでいて、あたたかみというか、ほのぼの感というか、全体を通して作者の優しい眼差しを感じるのですが、それは、不思議なことに探偵物に関しても同様なのです。

かといって、題材が<日常の謎>という訳ではない。
血なまぐさい殺人事件も起これば、冷酷な犯人も出てくる。
それなのに、その背後に流れるBGMが穏やかで優しい、といった感じ。

具体的な作品を挙げますと…

女学院の英語教師「ニシ・アズマ」が探偵役となって活躍するシリーズ。
名前の表記は一貫して片仮名ですが、おそらく漢字で書くと「西東」という洒落になっていると思われます。
(ちなみに、彼女の妹は「ミナミコ」といいます)

このネーミングからして、コミカルな雰囲気を想像していまいますが、切断された手首やら、落下事故に見せかけた殺人やら、彼女の周りで起こる事件はかなり物騒。

<創元推理文庫>「黒いハンカチ」は、表題を含む十二篇からなる短篇集です。
以下にタイトルを挙げますと…

指輪
眼鏡
黒いハンカチ

十二号

スクェア・ダンス
赤い自転車
手袋
シルク・ハット
時計

それぞれ一話完結の読み切りです。

「ニシ・アズマ」は、空き時間があると、学院の天井裏に作った秘密基地に籠り、そこでのんびり昼寝をするという人物です。試験監督中もクロスワードパズルを解いていたりと、だいぶのほほんとしたマイペースな先生として描かれています。

(そこまでやさぐれ感はないですが、いしいひさいち氏の四コマ漫画「ののちゃん」に出てくる藤原先生みたいな感じでしょうか。そういえば、藤原先生も後にミステリー作家に転身していますね)

そんなニシ先生も、赤いフレームのロイド眼鏡をかけるやいなや、名探偵に変身して、切れ味鋭く事件の謎を解決していきます。
そのギャップも含めて愛すべきキャラクターなのですが、秘められた悲しい過去もあったりして、単純に明るいだけの物語ではなかったりします。
悲劇と喜劇が柔らかな空気で包まれているような探偵小説とでも言いましょうか。

また、「ニシ・アズマ」シリーズ以外の短篇の探偵小説を集めたものが、<中公文庫>より出ています。

それがこの「古い画の家」です。
ものすごく込み入ったトリックや設定があるということはなく、とてもシンプルで読みやすい短篇集なのですが、余計なものがないというか、その清潔ですっきりとした雰囲気に癒されたくて、頭の中がごちゃごちゃしている時などにに、そっとこの本をめくります。

特にお気に入りなのが、「海辺の墓地」という全集未収録の作品です。
読み終えた後に残る爽やかな切なさ。

この作品に限らず、後の余韻が爽やかなんです。
湿気がない、だから感覚でいうとドライなんですが、だかといって冷たい訳ではない。優しい冷静さで貫かれている感じ。

また、探偵小説であっても、状況を詳しく説明しすぎていない。
もっというと、動機なんかもざっくり省略されていることがある。
だからといって、雑ということもなく、流れが不自然ということもない。
むしろ、シンプルなおかげでポエティックで美しい作品になっている。

小沼ミステリーの魅力を、私はこんな風に感じている訳なんです。

(続く)

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