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発達障害児 相手の話を聞けない 相手の話を遮って自分の話をしてしまう

あぁ!ついにやりました!私は、この問題について発達障害児の息子に理解できるように説明し、納得してもらうことができたのです!

良かった。本当に良かった。
小学3年生か。
悪くないと思う。

これから先、そこを気にしながらトライ&エラー&トライ。大丈夫。きっと上手くできるようになる。

納得できれば、素直に取り組める子。ルールが分かれば、ルールにしたがってやっていける子。

これまではその、ルールが暗黙のルールだったから、分からなかっただけ。

私が暗黙のルールを、暗黙のままにしておいたことが問題だっただけ。見える化できていなかった。

暗黙のルールを、見える化すること。それは、絵や図にするなどの可視化することとは限らない。

うちの発達障害児、次男は、写真記憶を使う子。見たものを写真のように記憶して、それをそのままデータとして持っている。そんなイメージ。

本人は『好きなものしか覚えていないよ』と言っているけれど、写真記憶を持たない私から見ると、かなりの事を写真で記憶しているようだ。

特性は特性で切り抜ける。

困ったことがあったとき、その特性は凹となる。けれど他の特性で上手く噛み合う凸を当てはめることができたとき、その困り感が解消されることがこれまでにも何度もあった。

今回の、『相手の話を聞けない』や『相手の話を遮って自分の話をしてしまう』この問題に対して、ようやく凸凹を噛み合わせることができたので、どうやって噛み合わせたのかを書いてみようと思います。

『相手の話を聞けない』『相手の話を遮って自分の話をしてしまう』

発達障害の息子にとって、様々なことが重なって『相手の話を聞けない』『相手の話を遮って自分の話をしてしまう』が発生してしまう。

今回の場合は、『僕の思いが強すぎて、相手の話を聞けない』と、『相手の話の途中で、その話に出てきた言葉に反応して、どうしても話を遮って自分の話をしてしまう』そして、会話と言うものの暗黙のルールがわからない。と言う彼なりの事情がありました。

発達障害児の息子にとって、自他の区別というのはとても難しい事。時には他人の領域までを自分の領域だと思ってしまったり、自分の領域しか見えなくなってしまったり、他人が自分の領域に入り込んできているように感じてしまったりと、なかなか距離感が掴めない。

『僕の思いが強すぎて、相手の話を聞けない』

今回は、私と息子とのやりとりでした。
息子に大切なことをどんなに私が説明しようとしても、息子の世界に響く事はありません。そして、たいがい口論となります。

『僕の思い』をどうしても伝えなくてはならない!と激しく反抗します。聞く耳を持たないとはまさにこの事よ!と思うほど、お互いに言葉は発していますが、言いたいことを言い合っている、ぶつけているだけ。正直このままでは全く建設的な話はできませんし、非常に疲れます。『もういい!』とあきらめるのが落ちで、結局は何も前に進めないばかりか、むしろ疲弊してしまうと言う悪循環。

『相手の話を遮って自分の話をしてしまう』

話の腰を折るとはまさにこの事よ。肝心な部分の前に、話を遮って自分の話を始めてしまうので、その話を一旦聞くなり、止めるなりして、またこちらは話を始めなくてはなりません。

ものすごく時間のかかる話になってしまう。するとこちらもイライラしてきますし、疲れてきてしまう。冷静に話すことができなくなってきてしまうのです。

会話と言うのは、とても難しいものです。テキストのように書き直すこともできませんし、どこにもルールは書いていませんし、ルールそのものが人によって違ったり、シーンによって違ったりと非常に複雑なものです。それらを、定型の人たちは察する事で何となくクリアしていきます。でも、何となくクリアしてきたことを、説明しろと言われるとなかなか難しい。だって何となくだから。けれど、それを見える化し、ルール化できてしまえば、とても分かりやすくなります。発達障害児にとって、この見える化してルール化することができれば、安心して取り組んで行くことができるようになるのです。

会話において、『相手の話を最後まで聞く』と言うのは非常に当たり前の事として良く言われます。もちろん発達障害児の息子も散々言われて来ましたから、言葉としては知っていますし、理解しています。けれど、見える化はできていなかった。頭に文字で入っていても効果が無かったんです。

写真記憶が使える息子に、見える化をしてもらうのは実は簡単だったのかもしれない。今回の事でそれが良くわかりました。

写真記憶のデータを使って見える化してしまうのです。

『相手の話を最後まで聞く』これを今回は、ブランコの順番待ちとして、当てはめて考えてみよう。と話を切り出したのです。

すでに小学3年生の息子にとって、ブランコの順番待ちは幼児がすることです。そして、幼児の頃実際にブランコの順番待ちの体験を何度もしていますし、写真記憶も持っている。幼児の頃の自分にできたこと、それを今の自分に当てはめて考えてみる。

『相手の話を最後まで聞く』事は、ブランコの順番待ちをして、順番通りにみなんなで使うための工夫であることを共有します。

そして、『相手の話を聞けない』事は、ブランコに乗っている人を突き落として楽しんでいる人。

『相手の話を遮って自分の話を始めてしまう』事は、ブランコの順番待ちをせず、ブランコに乗っている人を引きずり下ろして、自分がブランコを使う人。

であることを説明しました。

息子『めちゃくちゃ嫌なやつじゃん!しかも、ブランコの順番待ちしないやつとか本当にいたし。それと同じことだったのか。ごめんなさい。』

そして、もうひとつの問題について提案することもできた。

『相手の話を遮って、自分の話をしてしまう』このときに息子の中で起こっている葛藤。相手の話を聞いて、自分が思ったことを『今、言わないと忘れてしまう!』と思って、言わずにはいられなくなってしまうのだそうだ。

そこで、メモをおすすめした。たまたま、今回のバトル(まさにそんな状態だった)の最中に、突然息子がメモを取り始めた。それは、私への当て付けの行為としてやったようだったのだけれど、それを見て私は『いける!』そう思った。

話題作メモの魔力なんてのもあるくらい、メモは相手に良い印象を与える。自分が思ったことを忘れてしまわないためにとるメモですら、相手からすれば好印象になることだってあるだろう。メモの内容について公開する必要はないし。相手の話の最中に、『メモを取りたいので、少し待って欲しい』そう言ってメモできる環境を調えよう。大丈夫。まず、それで怒られたり悪く言われたりすることはない。そう伝えたら、息子は驚いていた。『そんなことしてもいいのか?』と、いいに決まっている。これまでしてきた事をもう一度振り返る。

ブランコから突き落として楽しんでいる人。または、順番待ちをせず、ブランコに乗っている人を引きずり下ろして自分がブランコを使う人。そのどちらでもなくなる。順番待ちをして、それからブランコをすることができて、メモによって自分が言いたいことを忘れることもない。

例え話しをして、理解してもらうことはこれまでにもたくさんしてきた。けれど、実際に体験したことや、目撃したことを使って、それを見える化に使おうとは思っていなかった。なので、架空の話や私が体験したことや、他の誰かの経験談を語っていることも多々あった。もちろんそれでも理解できることはあったけれど、速効性に欠けていたり、理解がずれていたり、勘違いしていたり、伝えたいこととは違うことが伝わってしまったり。

振り替えってみれば、ちゃんと見える化できたものは、できるようになっている。

この時もそうだった。なわとびが飛べなかった息子は、体の動かしかたを、全く別の事の写真記憶を使って見える化し、それから具体化、そして自分の体に落とし込んでいった。

そうだった。これまでもそうだったんだ。

上手くいくパターンの一つを見つけられたのだと思う。

これから、バトルになってしまう前に『ブランコの順番待ち』というキーワードさえあれば、写真記憶を使って見える化された注意換気が彼の頭の中にパッと浮かぶ事に成功するかもしれない。それに成功すれば、今度はキーワードが要らなくなるようにする。それができるようになった頃には、会話のルールを彼なりの法則で理解していつでも自分で注意できるようになると予測している。道のりは長い。けれど、通行手形が手に入ったような気がしている。

写真記憶には、良い面と悪い面がある。フラッシュバックなどの悪い面があることは間違いない。けれど、物事には必ず良い面も悪い面もあるもの。写真記憶は、説明を要しない。一瞬でものすごい量のデータを処理することができる。元々、論理的で説明にはかなりのデータが必要な息子にとって、写真記憶と言うのは、通信速度が半端なく良い優れた部分なのだと思う。持っている処理能力を生かした形で上手く使う。悪い面にフォーカスを当てていても見えてこない。悪い面があるのであれば、必ず良い面としても使えるはずだから。

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