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日本の鬼①ー鬼とはなにものか?ー

中国では「動く死体=ゾンビ」
日本の鬼とはいったいなにものか?という疑問

「汉字密码」(P832、唐汉著,学林出版社)

「鬼(キ=gui)」という文字は「人が大きな面をかぶって死者の霊魂に扮するさまであり、神霊の意」とあります(『新字源』角川書店)。
甲骨文字を見ると、人という甲骨文字の上部に「田」のような形があり、これが大きな鬼(死者・死霊)の面だと考えられています。日本の漢文学者である白川静氏は「鬼とはもともと人屍(じんし)の風化したものを称する語であろう」と言っており、「田」という形は風化された死者の頭部、つまりしゃれこうべなのかもしれません。古代中国では、人が生きている間は「人の世界」、人が死んだあとは「鬼の世界」とはっきり分けて考えていたようで、「鬼」とは死者、そして死者が棲む世界のことを意味していました。
もっと細かくいえば人間は、精神をつかさどる“陽の気”である魂(こん)と、肉体をつかさどる“陰の気”である魄(はく)を持っているのですが、死後“魂”は天上にのぼり、地上にとどまる肉体=“魄”が鬼となるのです。特に天寿をまっとうできず恨みを残した者は「僵屍(きょうし)」という動く死体(ゾンビ)になると恐れられていました。キョンシーといったほうがわかりやすいかもしれませんね。
山口大学での日本と中国の「鬼」のイメージ調査によると、現代の中国においても「鬼」といえば長い髪で白い服を着た恐ろしい女性の姿をイメージする人が多いようです(「日本と中国における「鬼」のイメージの差異について」佐々木翔太郎 山口大学)。では、日本人が考えるツノや牙の生えたあの鬼はどこからきたのでしょうか?
そもそも日本人にとって鬼とはどんな存在なのでしょうか?

『聊齋志異圖詠』「尸變」
死んだ女性が夜、起き上がり男を追いかけてきたが、僧房の前にある柳のまわりをぐるぐる逃げまわるうちに朝になって助かったというお話。 柳にしがみついているのが「鬼」。
生前の姿とあまり違いのない「動く死体(ゾンビ)」が中国の鬼。


1)鬼=モノノケ?
目に見える死体より、正体不明の“気配”を恐れた日本人

『百鬼夜行絵巻』(部分) 伝土佐光信(室町時代)真珠庵蔵
モノノケ(物の気・物の怪)は鬼、精霊、荒魂(あらみたま)など明確な実体を伴わない感覚的な存在でしたが、時代を遡るほど「モノ(道具)」の精など多種多様な表現が生まれました。
「目なし経下絵模写」(平安後期)「平安時代におけるモノノケの表象と治病」より
後白河法皇が描かせた絵の一部ですが、完成前に法皇が崩御したので、供養のために絵の上からお経が書かれました。お経の下に描かれていた絵のみトレースしたものですが、3本指で尻尾のはえたなかなかのゆるキャラです。どうやら病気の女性を襲う悪鬼のようです。

中国の鬼と日本の鬼、このイメージギャップは「鬼」という漢字を“オニ”と日本人があて読みするようになった頃から始まります。
まず中国から「鬼(キ=gui)」という漢字が伝わります。
当時の日本人が「鬼(キ)」とはなんであるか?理解しようとするのですが、古代日本に中国の「鬼(キ)=動く死体(ゾンビ)」に相当する概念がありません。そこで日本人は「鬼(キ)」という文字を「なにやらとても怖い、邪悪なもの」と理解することにしました。そしてそれは日本の「陰/隠(をん・をに)」または「物の怪=モノノケ(もの)」に近いものではなかろうか?と考えたのです。こうして翻訳不可能だった「鬼」という文字は、“目には見えない恐ろしいなにか”として、少なくとも平安時代後期には「おに」という読み方が定着しました。
古代の日本人が恐怖の対象は、明確な姿形を持つものではなく、物陰にひそむ気配。それがのちに死霊疫病など正体がわからないものも「鬼」ととらえるようになったのです(*)。
*「鬼病=モノノケ」と読ませる例が『万葉集』に見られます。

2)鬼=神(カミ)?
祟(たた)る神、荒ぶる神であるもの

左・中:『岩戸神楽乃起顕』国貞改豊国(1844年頃)wikipedia
右:『今昔百鬼拾遺』より「泥田坊」鳥山石燕 
wikipedia
天目一箇神(あめのまひとつのかみ)は一つ目をした山神・鍛冶神です。三種の神器である鏡や剣をつくりましたが、阿用郷(あよのさと)の鬼はこの神の「祟り神」の姿と推測されています。
「妖怪は零落した神の姿だ」とは柳田國男の言葉ですが、妖怪「泥田坊」は天目一箇神の末裔の姿といえます。

阿用(あよ)の郷(さと)。郡家の東南一十三里八十歩なり。古老伝へて云(い)ひしく、昔、或る人、此処に山田を佃(つく)りて守りき。その時、目一つの鬼(かみ)来て、佃(たつく)る人の男を食ふ。

『新編日本古典文学全集5』より『風土記』小学館

日本における文献上の「鬼」の最古の例は『出雲風土記』(天平5(733)年完成)とされていますが、ここに登場する鬼は“カミ(神)”と読まれています。
「阿用(あよ)の郷(島根県雲南市)の山中で田を耕していた男が、一つ目の鬼に食べられてしまった!」というショッキングな内容です。
こちらの鬼は“目に見えないなにか”ではなく、「目一つ」と、その姿が描写されています。
そして「目一つ」といえば、山の神であり製鉄に従事する鍛冶師の神でもある天目一箇神(あめのまひとつのかみ)が思い浮かびます。研究者によると、阿用郷(あよのさと)の鬼は農具の技術を向上させた鉄に関わる神(=開墾・豊穣の神)、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)と同系統の神であり、食われた男は農耕儀礼における神への供儀となる子ではないか、ということです。
生贄を求める神とはなんとも恐ろしい存在ですが、日本人にとって神は善いものでも悪いものでもなく、その両方の性格を持つものでした。古代の人々は、山や自然から神の恩恵を受け、同時に大きな災いに襲われました。このすべてを神の意志・神の祟(たた)りとして受け止めていたのです。「鬼」とは「神の恐ろしい側面」であり「鬼」と「神」は同一なのです。日本の鬼は、厳しくも公正な超自然的な存在として自然と調和して暮らす日本人の信仰の対象でもあったのです。

3)鬼=醜(シコ)?
死の世界とこの世を行き来するもの

『黄泉比良坂』青木繁 東京藝術大学大学美術館 wikipedia

大夫哉 片戀将為跡 嘆友 鬼乃益卜雄 尚戀二家里
(読み下し文)大夫(ますらお)や片恋せむと嘆けども鬼(しこ)の益(ます)らをなほ恋ひにけり

万葉集巻二117番 舎人親王

「立派な男子ならば片恋などしないと自分の身を嘆くのだが、みっともない僕はなおも恋しく思うのです」
 
ここで「鬼」“シコ”と読まれており、「鬼乃雄(しこのますらを)」「ガサツな男」「みっともない男」と訳されます(*)。
「シコ」は『古事記』や『日本書紀』などに登場する「黄泉醜女(よもつしこめ」の「シコ」と同義になりますが、これは容貌の悪い女性ではなく、本来の言葉としては“黄泉の国の女”を指すため、単純な美醜の問題ではなく「死」や「あの世」に関する言葉「穢れ」「恐怖」のイメージではないかといわれています。
「鬼・醜(シコ)」は、日本神話に登場する国つ神、大国主神(おおくにぬしのみこと)の5つの名前のひとつ「葦原醜男神(あしはらしこおのかみ)」にも使われています。この神はさまざまな性格を持ち、5つの名前それぞれが多様な神の性格一つひとつにあてはまるといわれていますが、「葦原醜男神(あしはらしこおのかみ)」は大国主が「根の国(黄泉)」を訪れたときの名になります。「鬼」はそもそも中国において「しゃれこうべをかぶった人・死体」から派生した文字です。そのため「死」や「冥府」の禍々しさや恐ろしいパワーを「鬼」という文字から日本人は感じ取っており、その姿や形を「シコ」と呼んだのであろうと想像できます。
*この歌も、顔立ちの美醜というよりも穢れた男⇒みっともない男と、自分を嗤う自嘲的な表現として「鬼」という文字が使われたのだろうといわれています。

恐ろしいもの、忌むべきもの
そのすべてを「鬼」の一文字にこめる

【まとめ】
1:オニ・モノ>目に見えない恐ろしい気配、疫病

2:カミ>猛威を引き起こす祟り神としての一面
3:シコ >死や死の国の穢れ
 
オニ、モノ、カミ、シコ……日本人は「鬼」という文字に、実にさまざまな読みをあててきました。日本人はこうして薄暗闇のなかにいる恐ろしい気配や、突然訪れる病や死、自然の猛威など、目に見えない恐ろしいもの、忌むべきものすべてを「鬼」という一文字に詰め込みました。不幸や災いはいつも理不尽で、なぜ自分がそんな目に遭うか知ることはできません。具体的な「鬼」というものを設定することで、自らを納得させてきたのかもしれません。
見えない恐怖を見える形へ。
それが日本人がつくりだいた「鬼」なのだと思います。
(日本の鬼➁ー鬼はどこからきたのか?ーへ続きます)

■参考資料
「平安時代におけるモノノケの表象と治病」(『前近代日本の病気治療と呪術』小山聡子編 思文閣
前近代日本の病気治療と呪術 | 小山聡子編 |本 | 通販 | Amazon
「鬼の研究」馬場あき子 ちくま文庫
鬼の研究 (ちくま文庫 は 9-1) | 馬場 あき子 |本 | 通販 | Amazon
「日本と中国における「鬼」のイメージの差異について」佐々木翔太郎 山口大学
file:///C:/Users/bc9217674/Downloads/B060060000008.pdf
「鬼(おに)」とはどこからやってきた?」濱田寛 聖学院大学研究者図鑑
https://www.seigakuin-researchers.jp/topics/interview03/
(上記には諸説がありますので、あらかじめご了承くださいませ)


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