猫の剥製は二度死ぬ(詩・超短編集)
ビヨンド
猫の剥製は二度死ぬ
忍び足でやってくる君の幻想と
自ら命を絶つ動機を失った嵐の夜
定義してみせる、正しい君の姿を
君に含まれる大勢の意識が
僕の苦しみの原風景
同じだけ痛めつけて お互い様になれば
許し合えると思っていた
あの時 殺した猫の躰は
まだ君の胎の中でうごめいてる
定義してください、正しい僕を
この世界に言葉がなければ
僕が唯一のシンゾウになれたのに
記号の形は変わり 意味がどれだけ変遷しても
君のオリジナルは感じることができる
僕は君の白目に棲む幽霊
瞳に映らなくても存在しているよ
涙の度に血管の赤い枝を広げるよ
しかも絶頂の時に悪戯する
目の前の人間を誰かと見間違えるように
指を通すリングに穴なんてなかった
君がそれを穴と認識する時までは
けれど僕は君がくれた穴を守るために
完全な身体を自ら捨てた
もしかしてこれが許しへの第一歩?
実在を開始
パジャマのままで生活しながら
何一つ叶えてあげなかった君の理想を描き直す
二人無事に善の対岸へ届いたなら
ドーナツを半分に割って 互いの欠陥を探し続けよう
千年前の王様が成し遂げられなかったことを遂行しような
棺桶をノックする音
君は起きない
君の喉を引きちぎる
君は起きない
君の一部になる
君は起きない
僕以外の人間の名前を騙る
君は目を覚ます
エスケープ
グッバイ、灰色に満ちた過去よ
明日は良い日になりますように
いつか僕が裁かれる時まで
誰一人傷つきませんように
一人でピクニックに行こう
無数の針が咲く静かな小池へ
毒の入ったパンをかじって
野うさぎたちと会話をするのさ
帰りの車で歌を歌おう
三度歌えば死ぬ歌を
家に着くまで十五回も歌って
助手席には好きだった彼女の
ペンダントがきらきら輝いている
最後にテレビを見て眠ろう
あの映画で犯した悪役の罪を
僕が全て引き受けるのさ
神様はヒーローじゃない
だから僕は見放してもらえる
それでも僕に明日が来るのなら
愛する人たちに優しい日だといい
反照
強がりの思想を楽しんでるだけ
さくら公園 東屋に聖なる落書きの教典
それによると
この世界を司るのは三年の副担任らしい
何も詰まってない灰色の校舎 三階で
轍の数だけ俺は延びる
時計の針が事実に近づいたら終わると思ってた
俺を透かして見た隠蔽の日々
秒針は通り過ぎていく
お前は辿り着いてしまった
寂しい自己犠牲に
いつまでも加害者と被害者はコインの裏表で
ほんとは地続きになってることを誰も認めたがらない
黒板に増えていく脱落者共の名前
あの席にだけ配られなかった明日を拾い集めて
誰も乗らない車椅子にしよう
応答のないセンター問い合わせ
エラーメッセージで途切れた今を取り返したい
知らないお前と電車に揺られてる
輪廻の片道切符を握りしめて
盗んだ金でどこまでも行ける気がして
油性インクより先に消されたいじめ事件は
被害者が痛みをくだらない懐古にすることで解決したけど
俺たちは今も逃げ続けている
逃げるために選んだこの道からもやがて逃げるのだろう
畳のお部屋
すりむけた膝を眺めてる
するとお父さんの黒いお部屋が降ってくる
わたしは見つけてしまった漫画の隅っこで
ねじ切れるように感電したの
学校では、とてもいい子です
今日も素敵なりぼんの絵を描いて
うすいミルクのように暮らしてる
先生のおひげをちょっと嫌って思う
さわって
さわるの?
じゃーん ほら
ここは白いもやもやじゃないでしょう
お父さん
おいでよ
いつかみんな迎えに来てくれるのかな
やっと気づいたよ、ごめんね
わたしたち一緒だよねって
だけどわたしはみんなと溶けられなくて
最後まで残ったチョコレートのように
とろとろしてる
このお膝、どうしたの?
お父さんのお部屋はね、暗いの
ひみつを作るたび
死んだみたいになる
でもやめられない
お母さんならおかしいよって叫ぶよね
あのひとばかだから
わたしはみんなよりちょっとへんなだけ
何がなくとも
何がなくとも愛すのだ
回るコーヒーの底 残した塊のように
憎しみばかりが舌にとどまっても
電車は午前八時を突き抜けて
命の雫を一滴 一滴垂らして
二十分後にまた走り出す
君は次の地獄へ
何がなくとも愛すのだ
涙に恋した日 帰りを待つ犬
小さな陽だまりで親に守られた記憶
何一つ持っていなくとも
君は誰かを愛すのだ
愛されなくても愛すのだ
君だけは
辺境
始めたつもりなんてないのに
否応なしに訪れる終わりの連続
冷たい春の夜明け
純粋な雨のにおい
もう二度と歩かない路
過去を遠ざけた者だけが
秘密の境地にたどり着ける
何にも無い場所に生きてきた
何にも無いなりに生きてきた
そんな自負すら再生の町に奪われて
置いてきぼりの故郷は夢
到着する少し前に気がつく
あの町が美しく見える
私の心は蝕まれている