【Emile】9.女王
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「女王はあなたは我が子の幸せだけを願えばいいのです。」
「生まれながらにみんなから愛される女王
オヴ。」
彼女はいつも、とてもたくさんの人に囲まれていました。たくさんの人が彼女の元を訪れては、豪華な貢物を持ってくるのです。
眩いアクセサリーや、決して枯れない花などでした。しかし、女王はわかっていました。それが自分に送られたものではないということを。
誰も彼女のことなど、見ていなかったのです。
彼女はベールを身に纏っておりましたから。
彼女がいなくなったところで、誰も気づきません。彼女そのものの存在意義は、ありませんでした。
女王は人々を操るため彼らの心の中で生きていましたから。
彼女が言葉を発したところで、誰も聞いてなんてくれなかったのです。女王本人の声は、届かなかったのです。
彼女は人に安心を与えるだけの存在でした。しかし、彼女に安心を与える存在はいなかったのです。
しかし、そんな彼女にも一つだけ、心の拠り所になる場所がありました。女王が昔、作った、秘密基地です。
そこには、オヴと、あの子だけしか存在しておらず、そこでオヴはピアノを奏でたり、遊んだりしました。
彼女は、人に囲まれていながら、誰よりも孤独でした。女王はそんな寂しさを鼻歌などで、紛らわせていました。そうすれば、気持ちが楽になるからです。
ある日のこと、1 匹の小さな犬が、女王の大きな家の中に迷い込んできました。
泥まみれでヨタヨタと歩く姿はとても見すぼらしく、到底、家の人たちが許してくれるとは思いません。
なので、彼女はこっそり自分の部屋に連れて帰りました。オヴにとっての初めてのパートナーでした。
オヴは犬をとても可愛がっていました。
「ドーナ」という名前までつけてありました。
犬と過ごす日々は彼女にとって、とても幸せなものでした。
しかし、ある日とうとう見つかってしまったのです。
「いやだ!いやだ!」女王は叫びました。
しかし、その言葉を聞いてなんてくれませんでした。数人がかりで押さえつけられ、女王の腕の中で震えている子犬をつまみ上げました。そして、遠くの場所に捨ててきたのです。
その日から、女王は何も感じなくなっていました。
期待するだけ、損だから。
そうしてどんどん自分の気持ちに蓋をしていったのでした。それこそが本当の幸せなんだと、言い聞かせていたのでした。時には、殴られることもありました。
しかし、彼女は恐怖を感じることも、それを表すこともなくなりました。死の恐怖がなくなり、彼女は立派な女王になっていったのです。
彼女の美しい笑顔はなくなってしまいました。そして、ついには共に寄り添っていたあの子も、秘密基地の存在も、なくなってしまったのです。
ある夜、何かが女王を唆したのです。いつもは施錠されている女王の部屋のドアの鍵が空いていたのです。まるで、餓死寸前で、目の前にご馳走が並んでい
るかのように、ドアの外は、オヴにとって甘美なものでした。
女王は部屋を飛び出し、家を出ました。女王様が出歩いたら、みんながびっくりするかと思えば、彼女の痣だらけの醜い姿見ても誰も女王だとは気づきません。それどころか「そんな醜い姿、女王様が許さない」と、いう人までおりました。
彼女は人と会うたびに孤独になっていくのでした。
女王は、彷徨いました。あてもなく、ふらふらと、このまま消えてしまうことを願って歩いていました。
すると、女王は、いつの間にか、真っ白な世界に立っていました。白い絨毯はよく見ると、白い小さな花が一面に咲き誇っていました。
「綺麗だよね。この花畑」
「ドアを開けていたのは俺だよ。そして君は部屋を出ることを選んだ。」
「オヴみてごらん。俺らを包み込む天井を。あの先には何があると思う?
暗闇よりもっと、怖いもの。果てしない空。俺らを照らす光。とても、怖くて、孤独なのさ。このままここで、闇に溶ければ、何も苦しくない。でも、光に照らされて、他人と出会い、自分の姿を知るのは、堪え難い苦痛なのさ。
でも人は、そっちを選ぶ。傷ついてもなお、他人を愛することを選ぶんだ。」
「俺はエルドット。みんなの幸せのためにこの世界を作ったのにさ。」
エルドットはオヴの方を見つめました。
「君が失ったのはきっとここにある。」
そう言って、オヴにナイフを渡しました。
女王は、ナイフを受け取り、腹に突き刺しました。
エルドットは少女から流れ落ちる血と涙を眺めていました。
「見てごらん。光を。さぁ、見るんだ、自分の姿を」
「苦しい。」彼女の血で花が枯れていきました。
「汚れてしまった女王、あなたのことを愛してくれる人はいるのかな?」
「目を背けるなよ。」
穴が空いたその瞬間、風が吹き、決して交わることのない世界が、向き合って
しまったのです。1時9分。その時から、止まっていた時が流れ出しました。
そして、死が生まれたのです。
夜が開けると、心地の良い音楽が聞こえてきました。
「おはよ。」
横たわる少女の隣に、1人の少年がおりました。
「ずっと、君にあいたかった。オヴ。」
「僕はヤタカ」