【Emile】7.楽譜


「驚いたよ。優秀だね。オヴ、君には生きる価値があるよ。」
「ありがとうございます。」
帰り道、同じ電車に揺られながら帰っていきました。帰りの電車は余裕のある空間がありました。

時間が経つにつれて、景色はとても綺麗なものになっていきました。あちこちに咲き乱れる、花、歌う蝶。汚れが一切ないその世界は、さっきまで枯れた土地にいたオヴたちは、まるで、この世界そのものが幻想のように思われました。

帰宅後、オヴたちは制服を洗濯に出して、風呂に入りました。入浴後オヴは、施設を探検することにしました。到着後、まるで、兵士になるための通過儀礼のように戦場に送られた生徒たちは、この施設に何があるのかわからなかったのです。

「いや、まさか、また会えるなんて、思ってなかったよ。こんにちは。」
オヴが施設を探索していると、見知った青年と出会いました。

「今日は彼をつれていないんだね?」
「彼?」
「…なんでもないよ。」
オヴは、青年の手に持っているスケッチブックを見ました。

「まだ、続けているんですか。」
「もちろん」
「何か、得られました?」
「まだ、何も」

青年は笑いました。
「呆れるだろ?」

「君の目標は、未だ変わらずみたいだね?」
青年はオヴを見つめました。
「女王様のこと、好きかい?」
「はい。もちろん。」
「君はもう、十分だと思うけどなぁ。」
「どういうことですか?」
「君は無理をしているんじゃないかなってね」
「無理?」

「必死に、求められる姿になろうとしているんじゃないかなって」

「あった時から思ってたんだけど、よりそれが強くなってる気がする。」

「何が言いたいんですか?」
「心配なんだ。わたしはね。
わたしもそうだったから。
君と同じく、母親に認めてもらおうと必死だったの
さ。私もかつては、君の仲間たちと戦った。」

青年は微笑みました。
「ずっと昔は優秀な兵士だったんだよ。これ、内緒ね。」
オヴは信じられないという顔と疑問の顔で、青年を見つめました。

「わかるよ。君の言いたいコト。どうしてそんなわたしが、今やお絵かきなんかしてるのかって、コトだろう?」

「…なんでだろうねぇ」
青年は腕を組んでわざと考えるふりをしました。少ししてから、どこかを見つめ、つぶやくように言いました。

「母親に愛されない子供は、生きてはいけない。」

「ずっとそう思って生きていた。だから、認めてもらおうと頑張った。ただ、女王に愛してもらいたかった。女王のためだけを考えて生きてきた。だけど、何か胸に穴の空いた日々だ。もう何年も、もう何年も生きた気がするよ。

私が君くらいの年齢だった時、俺は、1匹のイドを見かけたんだ。私はナイフを手に取った。1匹のイドは、私に近寄ってきた。まるで母親を見つけた子供
のように両手を広げて千鳥足で擦り寄ってきたんだ。俺を潰し殺すために。」

なんだよ。気持ち悪いんだよ嫌いだ。お前らなんて生まれてこなければよかったんだ。────
イドは泣き叫んでいました。その姿はまるで赤ん坊のようでした。彼が泣き止んだのは、肉を刺したナイフから血が溢れてきた時でした。その時から、何も怖くなくなったんだ。

青年は下を向いて話した。
「最近になって気づいたんだが、私がイドに投げかけた言葉は全部、昔、私が言われた言葉だったんだ。私は子供の頃、私を育ててくれた人に必死に何かを伝えようとしていた。でも何も、聞いてくれなかった。私を理解しようとしなかったんだ。子供は未完成だ。いってることがヘンテコだからね」

「それが辛くて毎晩のように、泣いていたよ。くらい押入れの中にこもってさ。そこが自分の居場所だと思った。でも今は変わった。泣くことなんて無くなった。幸せだよ。女王の贈り物のおかげさ。この赤い宝石。確かに私は幸せになった。けれどもね、何か、とても大事なものを失ったんじゃないかって思ったんだ。」

青年は、手に持っていたスケッチブックを開いてオヴに差し出しました。
「見てくれ」

イドたちの模様。本物をみてきたんだろう?どうだった?」
「別に何も、肉の塊でした。」
「イドたちはね、どれをとっても、同じものがないんだよ。私たちがが殺したイドは、それ1匹なんだ。私たちの代わりなんて、どこにもいるだろう?でも彼らには代わりなんてどこにもないんだ。」

研究者は顔をあげて、オヴの方を見つめました。
「あれはいったいなんなのか。私が殺したあの赤ん坊はもう、二度と会うことはないだろう。奴らのことは何もわからない。でもわかりたいんだ。」

「オヴ、君はとても優秀だ。素晴らしい。けど、それと引き換えに何かを失うことも考えておいてほしい。」

「女王のために生きること以外に大事なことってなんですか?」
オヴは真剣に聞きました。
青年は少し淋しい顔をしました。

「幸せになるとかさ。」
「私は幸せです。」

その力強い返答に青年は過去の自分を重ねました。

「オヴ、もし君が、ナイフを握るのなら、自分の声を聞くんだよ。」

「聞いてます。」

オヴは、そういってオヴは青年を背にして、再び歩き出しました。

「素敵よねぇ…」
オヴが青年と別れ廊下を歩いていると、人だかりができていました。その人たちは皆は壁の一点を見上げて見ていました。階段の踊り場、広いスペースには、ある一人の少女の肖像画が飾られていました。眩しいくらいに真っ白なドレス、そして、真白な髪、白い肌、黄金のように輝く瞳。

「女王様はなんて綺麗なのかしら。」

この絵を見た人は皆、口を揃えて言います。しかし、一人だけ、眉をしかめている人物がいました。

「私、この子とあったことがある。」

オヴは、絵を眺めて記憶を辿りながら呟きました。それを聞いた近くにいた人がオヴに話しかけました。

「私もあったことがあるよ。」

「女王様はみんなの心の中にいるからね。俺だって、毎日あっているさ。」
小太りのおじさんが言いました。

「違う。確かに、この目で見たんだ。この顔だった」
「まさかぁ、女王様が実際にあってくれることなんてあるわけない。それに、本当の彼女はベールを身につけていると聞いている。顔なんて見えやしない。夢じゃないのかい?」

オヴは、考え事をしながら階段をおりて行きました。スタスタを歩く姿は、それはまるで、探索というより、気持ちを整理するために歩いているようでした。

夢な訳ない。確かにこの目で見た。そう。女王は、死んだ。

死んだ?まさかありえない。女王が死ぬことは、この世界の終わりだ、

「世界の終わり。」

オヴはあの荒廃した世界を思い出しました。

「女王は死んだ?王が殺した?迷子の女王は、
いったい誰?」
「…あ。」
オヴは考え事をしていると、大きなドアにの前にたどり着きました。

さっきまで周りにいた人たちは何処かに消え、静かな広い空間が、広がっていました。
オヴがドアに触れると、ドアはまるで、持ち主が帰ってきたかのようにゆっくりと開きました。

部屋の中はたくさんの荷物で溢れていました。積まれた荷物の奥には大きな黒いピアノが隠れていました。埃が溜まった黒いピアノは白っぽくなっており、まるで、この部屋だけ、時が止まったかのような空間でした。

オヴはピアノに近づき、鍵盤を指でなぞりました、そして椅子に溜まった埃をはらい、そこに座りました。

そして、オヴは、寸分の狂いもない見事な演奏
を披露しました。その音楽は感情が一切含まれない無機質なものでした。

オヴが演奏を終え、椅子から立ち上がると、その衝撃で、積み上げていた荷物が崩れ落ちてきました。中に入っていたものが溢れ出し、埃が舞い上がり、鼻と口を手で覆い、オヴは片目で落ちたものを確認しました。  

「おもちゃ?スケッチブック?」床に広がるのは子供が遊ぶようなものばかりでした。オヴは一つ一つそれを確認していきました。

スケッチブックには子供が描いたであろうカラフルなイドたちが楽しそうに笑いあっていました。
「なんで、子供はイドの姿をみたことがないはずなのに。」

オヴは、次に厚みのある封筒を拾いあげました。中には写真数枚と、紙が数枚入っていました。そこに写っていたのは見覚えのある顔。ついさっきみてきた顔。白い髪の幼い少女。

そして、もう一人、赤土色の髪をした少年。
「女王様、と誰?」
オヴは、封筒の中に同封されていた紙を広げました。

それは、音符が一切書かれていない楽譜でした。
しかし、音楽の題名だけが、この紙に書かれていたのです。

「…エミール?」

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