【Emile】11.愛

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オヴは、 泥の中を駆け抜けました。走れ、走れと、女王が急かすのです。

オヴがたどり着いたのは、あの子が死んだ場所。
あの時みた、枯れた花が一面に広がっていました。あの綺麗な白い花は一切咲いていませんでした。

女王の心臓が中心で脈打っていました。
そして、その側に一つの影を見つけました。
その影は手を広げて近づいてきました。
オヴは女王の愛を握り。その、影に突き刺しました。

オヴは、手に赤い血が伝ってくるのを感じました。
そして、影はそのまま、オヴを抱きしめたのでした。

幼い日の記憶──
「もう、ついてこないで、」
少女は少年を突き放しました。
「オヴ?」
「もうわたしに関わらないで、」
「オヴ、僕のこと嫌いになった?」
「嫌いだよ。」
少女は、少年を暗い部屋に閉じ込めました。
「オヴ、僕は君のこと、好きだよ。」

影はオヴのベールを頭にあげました。オヴの目の前に立っていたのは、何年も共に寄り添ってきた少年でした。

オヴはナイフを握る手が震えました。
滴り落ちる血、どんどん流れて。
幼い日の記憶記憶が溢れてきました。

「知ってたのか。知っててずっと、一緒にいたのか。」

「知ってたよ。そのために僕は生まれてきたんだ。」

「お前は私を恨んでいる。
突き放して、閉じ込めて、冷たいやつだって。」

「オヴは冷たい人間なんかじゃない。仕方なかったんだ。そうするしかなかった。女王はそれこそがみんなの幸せだって信じていたんだから。」

「お前に何がわかるんだ。」
「わかるよ、ずっとそばに居たんだから。」

オヴは、ようやく、気づいたのでした。オヴが無くした何より大切なものは、

ヤタカであり、オヴ自身でした。

オヴは、心の底から、ヤタカのことを愛していました。しかし、オヴはヤタカと共にいると、ヤタカが傷つくことを知ったのでした。だから暗い部屋に閉じ込めました。誰も触れないように。受け入れないように。

それは、オヴの愛ゆえでした。しかし、オヴはだんだんとその存在を忘れていったのです。

オヴは、死を前にして、ようやくヤタカの存在を思い出したのでした。心の声を聞いたのです。

「なんで、ずっとそばにいたのに気づかなかったんだろう」

オヴは涙を流しました。
その愛おしさゆえに、自分が一番、傷つけていたのでした。

「オヴ、忘れないで。たとえ、オヴ以外の人が君を拒んでも、君が自分のこと、殺したいほど憎んでいたとしても、僕はずっとオヴのことを想ってる。」

「忘れそうになったら、あの時みたいに自由に演奏するんだ。そして思い出して 。」

「君を本当に愛する人がいるということを。」

ヤタカは力が抜け、オヴに倒れ掛かりました。
オヴは、ヤタカを両手で抱きかかえました。そして、ヤタカのほほには涙が滴り落ちてきました。

「あなたを、傷つけたくなかった。」

オヴは、涙を流す黄金のように綺麗な目をヤタカに向けました。オヴは初めてヤタカに向き合って目を見たのです。

ヤタカはそれを見て微笑みました。

「見つけた。」
「オヴ、僕の勝ちだ。」

その言葉を聞いて、オヴは微笑みました。
「何をしてほしい?」
「色々あるな。でも妥協するよ。
とても簡単なこと。」

「幸せになるんだ。オヴ。」
ヤタカは、赤い宝石をオヴの手に握らせました。それは、ヤタカの愛でした。
オヴはその宝石を力強く握って、小さな紫の花をヤタカに散らしました。
それを見て、ヤタカは優しく微笑みました。

オヴが立ち上がると、背後から、声が聞こえてきました。
「女王様!こんなところにいたのですね。」
「こちらにいらっしゃい。」
「さぁ早く。」

女王が振り返ると、手招き、している人たちがいました。彼らは女王が出て行った、家の人たちでした。その人たちは、黒い服の兵士たちを押し退けて出てきたのでした。

「はい。」
女王はその手招きに引っ張られるように、歩いて行きました。

女王の前に伸ばされた手。オヴがその手を取ろうとした時、誰かが叫びました。
「オヴ!」

「オヴ!ヤタカはいなくなっていない!
君の心の奥底にいる!声を聞いてやれ!
自分の声を。女王としてじゃなくて
オヴ、君がどうしたいかだ」

「なんだ君は。」女王の家の人たちは、その声の主を捕らえました。
「わっ!何するんだ!触るな!俺は、オヴの父親だぞ!!」

女王は立ち止まって、その場に立ちすくんでしまいました。呼吸が荒れ、目が泳いでいました。

「わからない。もうなにもわからない。
何が正しいのか、わからない。」

「オヴ。正しくなくていい。間違ったっていいんだ。君は完璧な存在じゃなくてもいい。ヤタカがなんのために、君に寄り添い、何を伝えようとしたのか、まだわからないのか。いいじゃないか。汚くたって、醜くとも。」

「オヴ。君は幸せになっていいんだよ。」
「黙りなさい。何を言っているんですか。女王様?あなたは間違いを起こさない。あなたの幸せとは、みんなが幸せに暮らすこと。」

「幸せ?そう。私の幸せは、みんなが幸せになること。」
「オヴ...」エルは悲しい顔をしました。
「そうです。お嬢様。こっちにいらっしゃい。可哀想にこんなに汚なくなってしまって。お風呂に入りましょう。綺麗に髪を整えましょう。あ、犬ですか?犬が欲しいのならどこからでも連れてきましょう。どんな姿がお好みですか?」

そう言って、オヴの腕を掴みました。オヴの家の人たちは、この綺麗な世界がなくなってしまうと困るのでした。

「私は、みんなのこと、本当に、愛している。
だから、幸せになってほしい。」

「どこにいくのです!女王!」

オヴは、ヤタカからもらった赤い宝石を握りしめて、全速力でかけていきました。

彼女が向かったのは、あの子のところ。

泥にまみれ、汚れてしまっても、オヴは走ることをやめませんでした。

あの子にもう一度会うために。

あの子が死んだ場所には、根付いた。心臓が動いていました。

オヴは、ナイフの穴にヤタカの愛をはめ込み、力強く握りしめました。

「愛してるよ。オヴ」

オヴは女王の心臓を、ナイフで突き刺しました。
心臓から溢れてくる血、女王の世界は崩れていくのです。

本当の愛を知ったオヴは、愛ゆえに我が子を突き放したのでした。

自ら、子供たちと繋ぐ臍の緒を断ち切ったのでした。

それは、すなわち、
彼らを、1人の人間として愛するために。

「あぁ、最悪だ。世界が終わる。なんてことをしたんだ。」

彼らを守っていたものはなくなり、綺麗な世界は崩れていくのです。
人は死に、傷つき、孤独になるのです。

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