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ちょっと休憩、雑多コラム

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訪問看護師ではなく、私として・母として・妻として・親にとっての子どもとして・人としての話。
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#コラム

あなたの中の 最良のものを

「あなたのやってきた事、あなたのやっている事、あなたのやろうとしている事。 あなたの考えてきた事、あなたの考えている事。 あなたの内なる信念。 迷うこともあるでしょう。 それでも、あなたは、それで良いんですよ。」 調べ物をしていてたまたま出逢った言葉から、このように言ってもらったような気がして、ココロの芯がじんわりした深夜。 『あなたの中の最良のものを』 人は不合理、非論理、利己的です 気にすることなく、人を愛しなさい あなたが善を行うと 利己的な目的でそれをしたと言

HP(ヘルス・ポイント)が足りない

私はもともと、何かに没頭してしまう傾向がある。 義務感のようなものに駆られているときは、食事を抜いても、睡眠時間を削っても平気だ。 ものすごーく頑張る時や、新しいことを始めた時、人に会うとか、相談受けるとか。 訪問看護や、人事採用に関すること、スタッフの指導管理などなど.... 気付かないうちに、ものすごくエネルギー使っている。 (アンパンマンが、いろんな人に顔あげすぎて、力がでない的な) そして、オーバーワークを重ねると、 私は、 「HP(ヘルスポイント)が足りない

人生で自分の思い通りになる事なんて、せいぜい、「今日のランチのメニューを決めることぐらい」なのかもしれない。

事務所の近くに、唐揚げ専門店がある。 唐揚げ丼のテイクアウトのレパートリーが色々あって、山盛りキャベツ塩だれのせ丼、タルタルソースがけ丼、卵とじ丼などなど。 最近の私の胃腸には、少しボリューミーなのだけれど、実は「今日は、ガッツリ食べて仕事を頑張る」という日の、内緒の私の勝負飯でもある。 先週起こった職場での同時多発テロのような出来事は、まだ終息しておらず、あちこちの事務所を回り、人に会ったり、会議をしたり対応に追われた。 今週はやけに長かった。 思いがけないことや理

「生きることは、自分が大切だと思うことを、大切だと言い続ける闘い」

昨日、東京駅で電車までの時間があり、たまたま寄った本屋さんで、たまたま手にした「ヤマザキマリ」さんの本の文中の言葉。「テルマエ・ロマエ」の作者と言えばご存知の方もあるだろう。 ・・・・・・・・・・・・・ 3月、そして4月に入り、ずっと私はいつも以上に忙しかった。スタッフからいろいろな相談を受け個々への対応、業務調整や改善で問題が解消する事への対応、年度末の役所との会議、新入社の方のお迎え準備やオリエンテーション、各事業所周り。夏に向けての看護師さんの採用計画の検討や採用面

「お母さん、私ね、『何でもそこそこ出来る』ってことは、何の特技も無いってことなんだよね。」

春から高校2年の長女は迷走中である。 長女はさほど苦労しなくても、何でも器用にこなしてしまうタイプだ。 勉強も運動もそこそこやってのける。 絵が得意で油絵も高校1年の夏まで習っていた。(私が時々noteに挙げる絵は長女の作品です) 書道も作品を出品すると何か賞を頂く程度の腕前だ。 吹奏楽部でパーカッションをやっていて、ドラムなんかも叩いてしまう。 行事の際の○○委員なんかも手を抜かずに頑張るタイプ。動物が好き。 私が、長女の特技と思われることを色々挙げても、 彼女が言うに

「お母さん、俺、『夢は何ですか?』と聴かれても、夢なんかないわ。」

今回は私の3番目こども、次男の話。 4月から中学3年になる次男は、この頃、表情がさえない。 塾から帰宅し夜遅い1人夕飯を食べている時、斜め向かいに座って新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる私に向かって、急に話しだした。 中学校で、中学3年生・高校受験を迎えるにあたっての学年集会があったそうだ。 先生から、 「高校は、皆さんの将来の夢を叶える途中の過程です。皆さんの将来の夢は何ですか?」 そう言って、記入用紙を渡されたそうだ。 息子は困って、先生に 「僕は夢がありません。」

消費文化の対局のアート

浅草の浅草寺のすぐ側にある、アミューズ ミュージアム「布文化と浮世絵の美術館」に行って来ました。 特別展として「美しいぼろ布展」が開催されています。 『ぼろ』って?(パンフレットより抜粋) 寒冷地である青森では綿花の栽培ができず、日常衣料は麻布。江戸時代、農民が木綿を着用することは禁じられていたそうです。 すべてを麻のみでまかなう時代が長く続いたそうです。1枚の布で寒ければ何枚も重ねていく、穴があけば小布で繕い、糸を刺して丈夫にする。布と布の間に綿くずをいれる。そうした

誰かのために祈る。

随分大げさなタイトルになってしまったけれど、私はクリスチャンではないし、実家は仏教。 私が通った保育園は、お寺付属の保育園。 園長先生はお寺の住職。 本堂に飾られた大きな「涅槃図」を前に園長先生のお話を聴いた。 そして、高校はミッションスクールの女子高。 校長先生はシスター。 毎朝の祈りの時間、朝礼での聖歌、聖書の授業もあった。 「主の祈り」や聖歌は体になじんだまま、未だに覚えている。 だからと言って、私は信仰を心の中心に据えたり、神さまに祈ったりするわけではなかっ

人生は 1/1 (いちぶんのいち)ではないと思った

私の娘は、小学校、中学校、高校と吹奏楽部に入部している。 今日は吹奏楽コンクールのため、娘は始発電車に乗らねばならず、私は弁当作りのため4時起きだ。 娘が吹奏楽を始めるまでは、音楽は私の人生の中で一番遠いところにある物の1つだった。 でも、娘が吹奏楽を初めてくれたことで、クラッシックを聴くこと、吹奏楽のコンサートやコンクールに出かけることが、定例行事となった。 娘からの「お母さん、この曲知ってる?」というような会話も日常のものとなった。 もちろん、吹奏楽を続けること

「お母さん、女子高生って、年末年始は何をしているの?」

今回は訪問看護の話はちょっとお休みです。 日々の雑多コラムも時々書いていこうと思います。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 高校1年の娘が、部活動の後の遅い夕飯を1人食べながら、側にいた私に向かって言いました。 「お母さん、女子高生って、年末年始は何をしているの?」 毎年、お盆と年末年始は関西の実家で過ごしていたのですが、高校生になり部活動や課題など休み中のスケジュールが多忙の為、今年の年末年始は帰省しないと娘自身で決めたものの、どうやって過ごそうかイメージがわかない