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4歳児。好奇心からの危機。
昔々。
幼稚園に通っていたころ、毎日「朝のおしごとタイム」というのがあった。
自分の好きなツールを選んで、集中してその「おしごと」に没頭する時間だ。
今考えると、これは「モンテッソーリ教育」の一環だったのだろう。
私はこの静かな時間が好きだった。
「おしごと」の内容は、というと。
はさみで何かを切る
糸を巻いて何かを作る
積み木を枠に当てはめるようなパズルをする
・・・などなど。ほとんど覚えていないが、そんな感じ。
中でも私が好きだったのが、小豆をお箸で「一粒ずつ」つまんで、もう一つのお皿に移し替えるという作業だ。
賽の河原で石を積み上げるよりは気分的にマシかもしれないが、
このなんともムズムズしそうな「おしごと」を好んでやっていた4歳の私に、「どうしてそれが好きなの?」と聞いてみたい。
一粒つまんでみるものの、つるん、と滑って、小豆はともすると机の下まで転がっていってしまう。
ある日またそのおしごとを選んだ私は、早々に小豆を別の皿に移し終えて手持無沙汰になっていた。(←やりすぎて慣れてきてる)
そして何を思ったか、小豆をひとつつまんで
鼻の穴深くに入れてみたのだった。
すると小豆は想定したより奥に入ってしまい、取り出せなくなってしまった。
私は焦った。たぶんこれまで生きてきて(4年間くらいだけど)、一番気持ちを取り乱したと思う。
このまま小豆が鼻の穴から頭の中に入って取り出せなくなるかもしれない。
小さな4歳のこどもは(もしかしたら死ぬかもしれない)と思ったのだった。
それから後のことは残念ながら覚えていない。
なんとか自分で取り出したのだろうか。
そして取り出した小豆はどうしたのだろうか。
まさか、そのまま洗いもせずにそっと戻してしまったのだろうか。
子どもはそうやって、危険なことを少しずつ覚えていくのだろう。
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