瞑想をさぼって頭の中の雑然さに凹む
私はほぼ毎日瞑想をしています。
朝瞑想してから仕事に取り組んで、夜寝る前に瞑想して眠りに就く。
日中作業の合間にも5分程度の短い瞑想をちょくちょく挟みます。
だけど瞑想をさぼってしまう時もまぁまぁあります。
「作業に没頭していた」とか「寝る前に映画を見て興奮していた」などが大体の理由です。
そんな不真面目な私が思うのは「瞑想を行った日の翌日」と「瞑想をさぼった日の翌日」に行う瞑想って、明らかに感覚が違うことです。
15分、お片付けをして終わる
瞑想をちゃんと行った翌日に15分の瞑想をすれば、10分ほどで雑然な思考の状態は抜けて、残りの5分はリラックスした至福の時間を楽しめます。
でもさぼった日の翌日は、瞑想中の15分間ずっとごちゃごちゃした思考の状態が続くんですよね。
「今月お金使いすぎちゃったかな」「なんで先月の光熱費あんな高かったんだろう」「あのパン屋の店員さん怒られてたな」「爪切らなきゃ」
みたいなことを考えて15分過ごししている。そして、瞑想の終わりのチャイムが鳴る。
そうすると、普段は「すっきりした!作業がんばるか!」って感じなのに、さぼった翌日の瞑想は全然すっきりしない。むしろ自分の思考のまとまりのなさに若干凹む。
これを例えると、普段の瞑想が「部屋がすっきりしたうえに、その部屋でくつろぐ時間もある」というのに対して「片づけるだけで終わってしまい、そこでくつろぐ時間がなかったし、いつも部屋を散らかしている自分に落ち込む」って感じです。
片付けも瞑想もこまめに行うのが大事かも
「片付けはこまめに行うのが大事」というのは良く聞く話ですが、瞑想にも同じことが言える気がします。
普段から部屋を綺麗にしているからこそ、毎回の片付けがわずかな時間で済んで、リラックスする余裕がある。
逆にあまり綺麗にしていないと、片付けに一苦労で終わった後も疲労感が強く残ってしまう。
ましてや瞑想のお片付け対象である頭の中は、部屋とは比べ物にならないほど散らかりやすいのですから、一日さぼっただけで雑然・混沌となってしまうのは当然かもしれません。
普段からできるだけすっきりした頭を保って、瞑想の「リラックスした至福の時間」を味わえるようにしたいものです。