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直感による判断を鍛える

その昔、中小企業診断士の勉強をしていたときに聞いた興味深かった話がある。診断士を連れて、商店街の店舗に訪問、そのお店の前で売上を当てさせると、最初はまったく当たらなかったのに、そのうちなかなかいい推論ができるようになるという話だ。そのお店の売上は、お店の面構えに出る。たくさんの事例を見ていくうちに、直感的に売上がわかるようになるというのだ。

将棋の棋士は、多くの場面を目にする。最近、ぴよ将棋にはまって500回ほど対戦を重ねているが、直感的に次の手が見えることが増えてきた。どちらが優勢なのかという判断も、少しずつ精度が上がってきた。これもまた、店舗と同様、数稽古で培われるものだ。これを桁違いに、しかも真剣に行ってきたプロ棋士は、人間離れした精度になる。昭和の大名人・大山康晴はA級の地位のまま69歳で亡くなったが、細かな読みではなく大局観で将棋を指して、それでいて間違えなかったと言われている。

ここにあるのは、言語によるロジックではなく、イメージによるパターン認識だ。これがあると、大きく間違えることはなくなる。もちろん100%正しい訳ではないし、奇抜な手を見逃すこともあるが、大筋、間違えなくなる。私はこれを、とても大切にしている。

能楽も、そうしたパターン認識を身体感覚としてとても重視する。佐野登先生は子どもたちにお稽古するとき、扇の長さや1円玉の直径を答えさせることがある。そこでとんでもない長さを答えたり、「知らない」と答える子どもたちを、「それではだめだ」と叱る。能は型を通じて、そうした王道の手筋を身体に染み込ませる作業なのだ。この身体感覚が重要なのは、一瞬で判断が下せるところにある。

ロジックによる推論は時間がかかる。かかる上に、ときに大きく間違える。前提がずれると、とんでもない結論がでたりする。子どもの算数の採点をしていると、ときどき、山田さんが時速100kmで歩いたりする。「そんなことはない」と立ち止まって見直せることが重要で、時速100kmの状態は高速道路上での車だという体感を教える。歩く速度は時速3〜6kmだ。3〜6km先の場所を示してどれくらい時間がかかるかを聞いてもいい。6km先の場所には、速歩きでも1時間かかる。

ビジネスでは、こうした身体感覚を鍛えるタイミングがじつは少ない。多くの人が同じ業界で、同じ身体感覚を繰り返しているから、違う業界のことについて「知らない」となってしまう。扇や1円玉を前にする子どもたちと同じだ。ビジネススクールではたくさんのケース(NUCBであれば修了まで200以上)を学ぶが、それでも不十分で、身体に染み込んでいない。

大前研一の『企業参謀』という1975年に出版された書籍では、戦略思考は次のように定義されている。混然一体となっているものを分析して、バラバラにしたうえで、自分にとって有利になるように組み立てること。そう定義したうえで、次のように書いている。

「世の中の事象は、必ずしも線型ではないから、要素をつなぎ合わせていくときに最も頼りになるのは(システムズアナリシスなどの方法論ではなく)、この世に存在する最も非線型的思考道具である人間の頭脳であるはずである。」

大前研一『企業参謀 2014年新装版』

これは、勘とも違うと大前は言う。この「非線形型思考道具である人間の頭脳」をどのようにトレーニングしていくのか。線型ではない世の中に対して、いつもそのことを考えている。

小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授

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