プロジェクトのビジョンを生み出す合言葉「物件から物語へ」(後編)
前回は「物件から物語へ」という言葉が、
ブルースタジオにとってなぜ大切なのか、物語の役割を中心に解説しました。
後編では、物件から物語をつくるための大切な要素を紐解きつつ、
実際のプロジェクトについてご紹介したいと思います。
1. 物語に必要な3つの要素
本や映画の物語を作る時に必要な要素である
・キャスト
・シーン
・シナリオ
この要素を建築に置き換ると、
キャスト=そのまちに住む人
子育て世代、高齢者、自営業、独身者、単身赴任者…
シーン=建築現場の環境
駅前、商店街、住宅街、街道、川岸、山ぎわ、農地…
シナリオ=周辺環境の時間(歴史や変化)
・河川を利用した物資の運搬が盛んだった
・かつては街道があり宿場町として栄えていた
・肥沃な土と平野のため田畑が多い
・ベットタウンとして栄えたが今は高齢化が課題
といった具合に、物語の構成要素が浮かび上がってきます。
ブルースタジオでは各プロジェクトにおいて、
このキャスト、シーン、シナリオの3つ要素を、
その土地に暮らす方々からヒアリングし、現場周辺のエリアマーケティングをしながら拾い集めています。
このプロセスを経ることで、
建物の役割とまちのビジョンが見える設計につながっていきます。
昨今、駅周辺が次々と同じような景色になっていく中で、
物語を携えたまちづくりは、その土地に対する愛着や誇りを取り戻し、
まちを育てていきたいという思いにつながる力になっています。
そんな愛着や誇りを詰め込んで実現したプロジェクトが、
旧鹿屋市立菅原小学校のリノベーションです。
2. 生まれ変わった菅原小学校の物語
前編の動画でご紹介した、
鹿児島県の大隅半島にある旧鹿屋市立菅原小学校は、
周辺地域の過疎化により廃校となったため、
その利活用のためにリノベーション事業をスタートしました。
このリノベーションにおいて、ブルースタジオが提案した物語は、
小学校の卒業生や地元の方(キャスト)が先生となって、
大隅半島の「人と自然」(シーン)を、
小学校という歴史(シナリオ)を活かし、
子供も大人も楽しめる宿泊ができる複合施設です。
120年という長い歴史を持つ小学校には、
当然、多くの卒業生が地元を拠点に暮らしていらっしゃいます。
そんな卒業生たちが先生のように、ご自身のなりわいを、
宿泊施設を訪れる人々に向けて提供できる場所。
リノベーション後には、
鹿屋市の農水産資源や近接する鹿屋体育大学のスポーツ環境が体験できる、
・地元の旬の食材が食べられる食堂
・卒業生のお父さんが教える模型飛行機教室
・地元農協の軽トラ市
・地元の漁師さんたちのカンパチの養殖の見学
・鹿屋体育大学の学生さんたちのツーリング教室
といった多様なイベントや施設が小学校を舞台に設けられることになりました。
歴史ある小学校と錦江湾を望む絶景ロケーションが、
このプロジェクトの物語をつくるシーンとシナリオとなり、
「ユクサおおすみ海の学校」へと生まれ変わりました。
このプロジェクトの実行資金や運営面についても少しご紹介しておくと、
学校施設を宿泊を兼ねた複合施設へ用途変更するという
今回のプロジェクトは、避難経路や内装制限等の規制、電力・給水容量の適正化など、負担の大きなプロジェクトでもあったため、
まずはブルースタジオが現地法人を立ち上げ、
地元の企業の方が出資する形で施設の運用基礎を固めました。
その後、実際の運営は、地元の方たちが実行するという運営体制が整いました。
完成から7年が過ぎ、
ブルースタジオが提案した物語は、物件が物語の中で育っていく過程で、
いくつもの展開やエピソードを創り出しています。
例えば、
学校のグラウンドは当初からキャンプ場として活用されていますが、
キャンプ場の利用者の方が有志となって、
より最適なキャンプ場のマネジメントを担ってくださったり、
県外や海外からユクサの運営に関わって下さる方など、
新たなキャストが集まりながら、事業を動かしていくためのネットワークが広がっています。
ブルースタジオがはじめに描いた物語は、
2章、3章と章を重ねるごとに、
予測しなかった展開へと進みプロジェクトの可能性を広げています。
「物件から物語へ」
このことばの大きさを、記事を書きながら改めて実感しました。
物件に与えられた物語が伝えるものは、情報だけではなく、その場所への愛着や共同体のような一体感も同時に生み出しているのだと思います。
自分が住む場所が心地よく、また帰りたいと思える場所であり続けるように、これからも、いろんなまちや物件の物語を編んでいきたいと思います。