映画「パターソン」を観て
9月14日、「パターソン」という映画を観た。2016年のアメリカ・ドイツ・フランス合作映画で、原題は「Paterson」。ジム・ジャームッシュ監督の作品だ。
キャストは、パターソン役のアダム・ドライバー、ローラ役ゴルシフテ・ファラハニ、ドク役のバリー・シャバカ・ヘンリー、日本からやって来た詩人役の永瀬 正敏などである。
といった内容。
で、観終わっての感想。
何気ない毎日に起こる小さな変化
この映画は単調である。
毎日のように6時台に起き、シリアルを食べ、妻の作った弁当を持って、バスの運転手として勤め、帰ってくると倒れかけたポストをなおし、犬と散歩をし、なじみのバーで酒をたしなむ。
そんな毎日の中にも、小さな変化が起こる。その小さな変化に、またさまざまなことを考え、影響され、心がわずかに変わってゆく。
そんな、誰もが味わっているような生活を、映画にしていると感じた。
心穏やかな主人公
主人公のパターソンは、心穏やかな男性だ。
彼は毎日のように詩を書き、感情を大きく動かすことがほとんど無い。
妻の奇抜なデザインの内装にも、否定せずやさしく対応する。
日々の同僚の愚痴にも付合い、自分は口一つ言わない。
妻がギターが欲しいと言えば買ってあげたり、シリアルの朝食にも、変わった夕食にも不満を言わない。
とにかく、心が穏やかすぎるくらい、穏やかなのである。
そんな彼でも、自分の書いてきた『詩のノート』を愛犬にビリビリニされたときは、さすがに”お前が嫌いだ”と犬に言う。
でも、感情は高ぶらないのだ。そう、穏やかな起伏なのである。
人との出会いで気づく
映画の中で、詩を書く少女との出会いがある。
彼は、その何気ない出会いの中で、少女の書いた詩に影響を受ける。
また、詩をビリビリニされた後、何も手に着かずにいた時、日本から来た詩人とであう。そして、真っ新なノートをプレゼントされる。
彼は、人との出会いによって、また新たな毎日を歩んでいく気持ちが起きてくるのである。
それでも明日がまた始まる
様々なことが起こりながらも、そしてそれが世界には何も影響しないできごとであっても、また新たな毎日がやってくる。
小さな感動や、小さな事件が、そこには待ち構えている。
それでも、気がつけばまた新しい毎日がやってくるのである。
映画の主人公は、実はボクら(鑑賞者)であって、まさにそのような日々をボクらは生きている。
そう、小さな変化を繰り返し、ボクらは毎日を生き、そして明日が来る。
それに気づくか気づけないか、それが幸せか退屈か、それは鑑賞者がどうジャッジするか、のような気がするのである。
映画を観ていて、役所広司主演の「パーフェクトデイズ」を思い出した。
同作品も同じような流れがある。
あらためて、どう生きるかを、考えさせられた作品である。
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