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映画「82年生まれ、キム・ジヨン」を観て
1月28日「82年生まれ、キム・ジヨン」という映画を観た。原題は「82년생 김지영」。2019年の韓国映画で、キム・ドヨン監督の作品だ。
キャストは、キム・ジヨン役のチョン・ユミ、ジヨンの夫 チョン・デヒョン役のコン・ユ、ジヨンの姉役のコン・ミンジョン、キム・ソンチョルなどである。
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あらすじは、
結婚・出産を機に仕事を辞め、育児と家事に追われるジヨン。常に誰かの母であり妻である彼女は、時に閉じ込められているような感覚に陥ることがあった。そんな彼女を夫のデヒョンは心配するが、本人は「ちょっと疲れているだけ」と深刻には受け止めない。しかしデヒョンの悩みは深刻だった。妻は、最近まるで他人が乗り移ったような言動をとるのだ。ある日は夫の実家で自身の母親になり文句を言う。「正月くらいジヨンを私の元に帰してくださいよ」。ある日はすでに亡くなっている夫と共通の友人になり、夫にアドバイスをする。「体が楽になっても気持ちが焦る時期よ。お疲れ様って言ってあげて」。ある日は祖母になり母親に語りかける。「ジヨンは大丈夫。お前が強い娘に育てただろう」――その時の記憶はすっぽりと抜け落ちている妻に、デヒョンは傷つけるのが怖くて真実を告げられず、ひとり精神科医に相談に行くが・・・。
と、いった内容。
で、観終わっての感想。
見えないだけにキツイ「精神の病」
熱が出るとか、身体に痛みを感じるとか、そういう明らかに形となって現れない「精神の病」。だからこそ周りから理解されにくい。そして、キツイと思うのだ。
何よりも、このケースだと、自分の知らないうちに憑依のような感じで違う誰かが、現れる。これは、周りからしてみると、理解できないし、(どうしたら良いのか?)となってしまうことだろう。
本人が一番苦しい
それでも、一番苦しいのは本人。
その病を持っているのは、本人そのものだから。
そして不安は駆け巡り、仕事にも就けない。
自分の行動が、人に迷惑をかけてしまうのではないかという不安が、常に付きまとう。
周りの理解が絶対的に必要である。さも無ければ、到底生きて行けなくなるくらい追い込まれてゆくのかもしれない。
韓国社会の闇?
映画の中で、韓国社会の闇を見たような気がした。
女性への偏見。
女性は結婚して出産するので、出世しにくい。
映画の中でも、プレジェクトのリーダーが、女性差別発言を堂々と目の前で対象者に向けて行う。
公園やコーヒーショップでの、子連れの母親に対する誹謗ともとれる若者の発言。女子トイレの盗撮。
もちろん、日本でもあることだと思う。でも、映画に描かれるくらい、韓国では頻繁に起きているのかもしれないと思ってしまった。
結果として、自分の進みたい仕事にたどり着く
会社員として、夢を追うことはできなかったジヨン。
でも、この映画の最後には、エッセイのようなものをつづる彼女の姿があった。これは、ある意味、もともと物書きになりたかった彼女の夢がかなったということなのか。
そう、夢は、必ずしも思い描いたものではないことがある。
でも形を変え、もしかしたら、たどり着くこともあるのかもしれない。
一筋の光が、最後の場面に集約されている気がした。