これからの企業経営のキーワードは「健康経営」 働く人々の「心」の健康に着目した職場づくりを 下田直人さん〈前編〉
7/6放送は、エスパシオ 代表、下田直人さんの前編でした。
企業の人事・労務管理・社会保険のエキスパートである社会保険労務士として同社を経営する下田さんは、働く人の心に着目して「その人が持っているパフォーマンスを最高に発揮できる職場づくり」のお手伝いをされています。さらに、これからの時代は「健康経営」がキーワードだとおっしゃっています。
働く人々の「心」の健康に着目―中小企業の「健康経営」をサポート
私が代表を務めるエスパシオは社会保険労務士事務所です。普通、社労士事務所というと、助成金申請や入退社の手続きを代行させていただいたりするイメージが多いと思うのですが、我々の事務所はそのあたりの業務は一切やっておりません。では何をやっているのかというと、「健康経営」をキーワードに、働く人の心に着目して「その人が持っているパフォーマンスが最高に発揮できる職場づくり」のお手伝いをさせいただいています。
「健康経営」という言葉は最近少しずつ広まってきているため、お聞きになったことがあるかもしれませんが、明確な定義は存在しません。一般的には、会社が従業員の健康に配慮しながら戦略的に経営をしていくことで、経営面でも大きな成果が期待できるという意味あいで使われています。どちらかというと「フィジカルな健康」に重点を置いている印象があるのですが、私たちはフィジカルな健康の大切さを理解しつつ、もっと大事なのは「精神的な健康」なのではないか、と主張しています。
私自身がこのことを強く実感した経験があります。だいぶ前、「葉っぱビジネス」*1 で有名になった徳島県上勝町を訪れたときのことです。あるお年寄りの方が脚立にのぼって葉っぱを採っているときに「健康なんですね」とお声がけをしたところ、「健康じゃないのよ。足が痛いのよ。だからといって病院に行ったらお金をとられるでしょう。でも葉っぱを採ったらお金になるし、お金があれば孫におもちゃを買ってあげられるでしょう」とおっしゃったのです。
これを聞いて、健康の概念とはこういうことなんだ!と思ったわけです。つまり、足が痛くないことが健康なのではなくて、足が痛いけれどそれを押しのけてでもやりたいことがある――そんな心の状態が本当の意味の「健康」なのだな、と。
繰り返しますが、フィジカルな健康はもちろん大事です。しかしながら、つらいことがあってもそれでもやりたいことがあって、前のめりになる――そういう心の状態をどうつくっていくかが大事なのではないかと気がつきました。そしてこのことは会社経営においても同じことが言えるな、と思ったのです。
(*1 株式会社いろどり:高齢者がICTを活用し「つまもの」になる葉っぱの生産、販売を行っている。)
「精神的な健康」にフォーカスするということは、結局のところ「やりがい」を感じられるかどうかにかかっていると思っています。少し言葉を変えると、自分にとってこの仕事をしている意味が実感できるかどうか、つまり流行りの言葉でいうと「パーパス」を明らかにして、自分自身で納得できるかどうかが重要になってきます。私たちは、それを実感してもらうために、ワークショップなどを通して働きかけを行っています。
「四つの観点」メソッドでパーパスを明確にする
私たちは「四つの観点」で心の中にある目標を見ていくようにしています。どういうことかというと「有形」「無形」の縦軸と、「自分」「社会(第三者)」の横軸を交差させた座標で自己分析を行う方法です。
まず、自分の中で手にしたいものや、なりたいものを有形無形で分けて考えます。形があるものでいえば、例えば「年収1000万欲しいです」といったもの。また、形のないもので、自分の欲望ではあるけれど、まだ手に入っていないものもあります。例えば「自分には自信がない。でもやっぱり自信を持てる自分になりたい」という思い。こういったことをワークショップなどで深掘りをしていくと、自覚がなかったけれど、既に持っている当たり前の存在に気がつきます。例えば家族であったり、経営者でいえば会社であったり、もう少し広く捉えると「世の中」もそうです。
自分にとって、形のあるもので手に入れたいものはなんだろう。自分以外のことで、形がないけれど実現したいものはなんだろう。これらを突き詰めていくと、多くの方の中に「社会(第三者)の方を向いて、形のないもので自分が実現したいこと」がふわっと立ち現われてきます。このあたりが実は自分にとっての仕事や人生の目的、意味であることに気がつくのです。
昨今、自己肯定感や自己効力感が低い方が多いと感じるのですが、日々忙しく働く中、職場で誰かに評価してもらうことや認めてもらうことがなかなか難しくなってきています。ならば、どうしたら良いかというと、自分で自分を見つけていくしかないのです。
さきほどの「四つの観点」メソッドは、自分自身を客観視することにつながります。そして、自分で自分のことを正しく評価できると、自己肯定感や自己効力感が自然と上がってくることが多いのです。
働くみなさんの自己肯定感を高めるために、私たちがもう一つ提案していることが、毎日の振り返りのための記録、つまり「日誌」です。その中で二つのことを具体的に書いてもらっているのですが、一つ目は「今日やろうと思っていて、実際にできたこと」。二つ目は「今日自分が行ったことで、誰かから『ありがとう』といわれたこと」あるいは「誰かに『ありがとう』と言いたくなったこと」です。大きな出来事である必要はなく、ほんの小さなことでも構いません。これらを認識した「数」がとても重要で、そのひとつひとつの積み上げが自己肯定感を高めていくことにつながるのです。
このように我が社はクライアントさんに対して専門的な法的サポートを行うとともに、従業員のみなさんの精神的・心理的な健康のサポートを行うことを前面に出し、幅広く事業を展開しています。
私たちがお手伝いしているクライアントさんはほとんどが中小企業なので、人事を担当する方がお一人です。大企業であれば、人事部の中に教育担当や採用担当がそれぞれいるのですが、中小企業だとそうはいかず、従業員に関することはすべて丸ごと一人で請け負っているような状態が多々あります。それなのに、サポートする側の私たちが専門家として部分的に関わるのは間違っているのではないでしょうか。私たちは可能な限り、企業のみなさんの幅広い相談に応じ、時には中に入り込んで伴走しています。
「健康経営優良法人」を増やすことで豊島区をブランディング
現在展開している試みのひとつに、私たちの事務所がある豊島区と組んで「健康経営優良法人認定制度」を推進するプロジェクトがあります。「健康経営優良法人」は経済産業省がスタートさせた認定制度で、どちらかというとフィジカルな健康に重きを置き、従業員の健康に配慮している企業を国が認定するものです。豊島区にある企業がこの認定を積極的に取得していくことで「豊島区は健康経営に対する意識が高い企業が集まっている」といった地域ブランドを確立することができるのではないか、というのが構想の始まりでした。
豊島区の企業のみなさんとは今年の4月から12回シリーズの勉強会を一緒に行っています。その中でも私たちが大切にしているのは、健康経営優良法人の認定はあくまで通過点だということです。「形」があるものを目指すのは分かりやすいのですが、その先には、やはりフィジカルな健康だけでなく精神的・社会的健康=「Well-being」な企業が集まる豊島区をつくっていきたいと考えています。
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