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最新作「本を綴る」で 街の本屋の魅力を発信

 11/23放送は、「月とキャベツ」「真夏のオリオン」「花戦さ」などの作品で知られる映画監督、篠原哲雄さんの前編でした。篠原監督の最新作「本を綴る」が現在公開中ですが、まずはこの作品が作られるきっかけとなったインターネット配信ドラマ「本を贈る」のお話からうかがいました。

街の本屋の魅力を動画コンテンツでPR

 2021年頃に、知り合いの東京都書店商業組合の方からある相談をいただきました。その方の話では、街の本屋が全国でどんどん減っていて、2000年時点で約2万軒あった本屋が20年間で半分の約1万件になってしまったとのこと。本屋がなくなることは組合にとって死活問題ですし、本屋は本来、私たちの生活にとって必要で、また人々が交流する場としても魅力的な場であるはずです。

 そこで、組合のみなさんが「なんとかしなければ」と話し合った結果、本屋の魅力を動画コンテンツで発信するという企画を思いついたとのことでした。私自身、本屋は子どもの頃から大好きでよく行っていましたので「やってみたいです」とお返事し、取材を始めることになりました。
 
 東京都書店商業組合に加盟している本屋の中で、撮影許可が下りているお店が90店舗ぐらいあったのですが、実際に取材させていただいたのはその中の30店舗ほどです。どういった切り口で映像にしていこうかと考えながら取材を進めていくうちに、本屋を経営している店主さんが「自分の店をこういう本屋にしたい」と様々なこだわりをもっている点に興味を惹かれていきました。

 例えば、棚の作り方や選書のあり方、イベント企画など、その店独自の魅力を出していくために店主さんがいろいろと考えていらっしゃるわけです。こういった取り組みは、個人が経営する街の本屋さんだからこその魅力なのだということも次第に分かってきました。また、本屋が減っていく理由の中に、後継者問題や書店の収益が低く抑えられている流通の仕組みがあることも見えてきたのです。
 
 私は本来ドラマを作っている人間なので、何かしらの動画コンテンツを作る目的で取材を始めたのですが、もともと東京都書店商業組合の公式YouTubeチャンネル「東京の本屋さん~街に本屋があるということ」の中に「企画動画」という枠がありました。「予算は少ないですが、何でも自由にできる枠なんですよ」と先方がおっしゃるので「では、いろいろ取材してみて分かったことを集約してドラマを作ってみたいです」と提案してみたのです。そして、たまたまそのとき一緒に映像制作を行っていたメンバーの中に千勝一凜(せんしょう・いちか)という女性がいて「脚本を書いてみたい」と言うので、一緒にストーリーを組み立てていくことになりました。
 
 そうして出来上がったプロットは、「主人公は出版社の娘」「本のコンシェルジュと名乗る人が現れる」「ブックカフェで出会うカップル」という3つのストーリーがうまく入り組むような内容で、これがのちのち「本を贈る」というインターネット配信ドラマにつながっていきました。

「サン・ジョルディの日」がつないだリアル上映会

 この作品は、2021年の暮れから22年の初頭にかけて制作し、2022年の2月にYouTube配信を開始しました。物語の中で、コンシェルジュが「本を贈る日」を企画するという設定を入れました。これは「愛を贈る日」として2月にバレンタインデーがあるように、スペインのカタルーニャ地方に「本を贈りあう日」として「サン・ジョルディの日」というものがあったとうかがったのがきっかけです。この動画配信を機に「サン・ジョルディの日」を日本で広めることができればという思いを込めてストーリーの中に織り交ぜました。
 
 もともとYouTube用の動画は約10分×9話で制作したのですが、本来約90分の作品を10分ごとに区切るより、最初から最後まで通して見ていただけたらいいなと思っていました。そんなとき、偶然那須の方で映画の上映活動をされている方から「サン・ジョルディの日にうちで上映しませんか」とお誘いをいただいたのです。そうして2022年4月23日、まさに「サン・ジョルディの日」に初めて1本にまとめた作品を映画館で上映することができました。
 
 もうひとつの仕掛けとして、出版社に勤める娘が父の他界後に実家の本屋を継ぐことになり、本のコンシェルジュに名乗りをあげた人物がその本屋を盛り上げる企画を考えるというエピソードを盛り込みました。広告代理店に勤める昔の友人も登場して書店組合のメンバーも一緒にCMを作ろうという展開にし、当時ちょうどTikTokが流行りかけたところだったので、「本を贈る」という歌を作って、身振り手振りのダンスを交えたショート動画にして配信するというストーリーにした次第です。

個性が光る書店主たちとの出会い

 「本を贈る」にはさまざまな書店主の方が登場するのですが、取材を行う中でもさまざまな書店主の方に出会うことができました。どの方も自ら本を見つけ出し、どういう棚を作るかにこだわっておられ、それぞれが大変魅力的でした。

 例えば千駄木(東京都文京区)にある往来堂書店さんは、本のジャンルごとに棚を分けるのではなく、テーマごとに棚を作っておられます。「猫」という棚があったとしたら、猫に関するエッセイや動物学的な本、猫の写真集や絵本がまとめて並べてあるのです。そういった棚づくりをしておくと、たまたま猫好きの人がその棚を見つけたときに、猫に関するさまざまな分野の本を選ぶことができるわけです。
 
 また、浜田山(東京都杉並区)のある本屋さんでは、街の人がいろんなリサーチをしては始終店に出入りし、「ここの地域ではこういう作家さんが売れてるらしい」という情報を店主さんに伝えているそうです。たとえそれが人気作家でなくても、読者がいるはずだと確信が持てるので、店主さんはその作家さんの新作が出ると神保町の問屋さんに出向き、当然のように仕入れてくるというお話をききました。このように、自分のこだわりの棚を作ったり、地域に根ざした選書を行ったりしている本屋さんは実に魅力的でした。
 
 私にとって紙の本や本屋の魅力は特別なものです。本を開くと香るあの紙の匂いは、自分にとって非常に大事な感覚ですし、本屋の空間自体、入った瞬間からワクワクします。はじめは目的の本を探しに本屋へ行くわけですが、その本が見つかったあとも、同じ作家の別の本や、違う作家の本が目に入って「あ、こんな本が出たんだ」と発見できるところが本屋の魅力だと思います。
 
 本は装幀もしっかり考えられていて、文字のフォントやデザインなども、読み物としての読みやすさと見せ方が本当に工夫されています。そのため本を開くといわば「思考の旅」というか、何か一人でいろいろな世界をめぐって旅をしているような、大げさですがそんな感覚になることがあります。
 
 今回お話ししたドラマ「本を贈る」はYouTube配信でご覧いただけますし、このドラマがきっかけとなり制作した映画「本を綴る」が現在劇場公開されています。映画については後編で詳しくお話させていただきますが、お時間がありましたら、是非劇場に足をお運びいただければと思います。

 ◆中村陽一からみた〈ソーシャルデザインのポイント〉
 今回お話をうかがった「本を贈る」というYouTube配信ドラマは本屋さんが舞台ということだが、書店はまさにコミュニティデザインやソーシャルデザインの分野において「文化の居場所」として大事な場であり、まちの一つの拠点として存在していたはずだった。しかし、残念ながら今やどんどんその数を減らしている現実がある。
 そこで、なんとか新しい方法で書店の魅力を再発見しPRしていこうと東京都書店商業組合が篠原監督に相談し、そこで生み出した策が、そのPR活動そのものをドラマや映画にしていく方法だったという。そういった一連の流れや作品の作り方そのものもまたソーシャルデザインだと言えるのではないか。実際の書店を一軒一軒めぐって行われた地道な取材活動が元になっているため、ドキュメンタリーのように制作することもできたと思われるが、敢えてフィクションとして作られたところに、思いの広がりと深さを感じることができた。 

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