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アナウンサーからアロマセラピストに転身 植物の香りで「人の生きる力」を引き出す 大橋マキさん〈前編〉
2/1放送は、アナウンサーとして活動されたのちアロマセラピストとして活躍する一般社団法人はっぷ 代表理事、大橋マキさんの前編でした。
人と植物がつながり、みんなまるごと幸せに
私が代表理事を務める「はっぷ」は、「葉山つながりプロジェクト」を略した名称です。「はっぷ」と平仮名で書くのですが、英語にすると「HAPP」で「HAPPY」の略語と同じになり、活動の趣旨と重なるところがとても気に入っています。葉山(神奈川県三浦半島)を拠点に、植物を使っていろんな人たちとつながりながら、みんな丸ごと幸せに、健康になっていこうという活動を行っています。
私は1999年から2001年までの2年間、フジテレビのアナウンサーをしていました。もともとは言葉で伝える仕事として報道キャスターを希望していたのですが、実際に入社してみると、視聴者の方のご期待も受け、バラエティ番組に出させていただく機会が多くなっていきました。今思えば「自分の言葉で伝えたい」と頭でっかちに考えていたせいで、その状況に焦りを感じていたのかもしれません。
そんな中、たまたまミニ番組でアロマセラピーを体験するリポートに参加する機会がありました。撮影の途中で私の足をセラピストさんが直接タッチングしてくださる場面があったのですが、普通はカメラが回っているところでリラックスするのは難しいはずなのに、どうしたことかウトウトと寝落ちてしまったのです。とても疲れていたのかもしれませんが「こんなに優しく触れられたのはいつぶりだろう」思うほど、本当に羽根が舞い降りるような優しいタッチだったのです。いい香りも漂っており、それがアロマセラピーに接した初体験でした。そしてその瞬間に、ある記憶がフラッシュバックしたのです。
それは私が中学生時代、「脊柱側弯症」という病気を患い、中学・高校の6年間コルセット治療を行っていたときのことでした。この治療法では、真ん中に鉄の棒が入っているプラスチック製のコルセットを、鎖骨の下から腰骨あたりまでちくわ状にギュッと巻きつけなくてはなりません。これを一日中、就寝中もつけていなければならず、外すことができるのはお風呂の時間と体育の授業の時だけでした。身体中が痣だらけになってしまう私のため、母が「操体法」という運動療法を学んでくれて、お風呂上がりの私を畳の部屋に寝かせて、背中をさすってくれることがたびたびありました。
あるとき、疲れ果てた母が私の背中をなでながら眠ってしまったのですが、母の手のひらが熱くなったまま私の背中を上下していたこと、不意にわーっと涙があふれて畳が涙でびっしょりになったこと、部屋にあった金魚の水槽のブクブクという水音や畳の香りなどが、セラピストさんがタッチしてくださった瞬間にフラッシュバックしたのです。それ以来、これこそが私にとって忘れてはいけない原体験なのではないか、と思うようになりました。そして、いったん立ち止まり、五感に立ち返ろうとアロマセラピーを学び始めたわけです。
はじめはこっそりテキストを持ち込んでデスクワークの合間に勉強していたのですが、最終的には会社を退職することになりました。皆さんに期待していただきながら、たった2年でテレビ業界を引退してしまったため、もう一度別の方面できちんと形になるまでやり遂げて、世の中に恩返ししなければ、と思いながらの再出発でした。イギリスに留学して植物療法を学んで帰国したのちは、自分が病気の治療を通じて知った「痛み」にアロマセラピーでアプローチする実践を行うため、病院で6年半活動しました。
植物療法の先進国で学んだアロマセラピーの奥深さ
私が留学したイギリスは、ドイツやフランスと同じく植物療法を先進的に行っている国です。私が特に惹かれたのは、植物を「薬」として扱わないけれど「医療的なアプローチ」として使用することができ、いい意味でグレーゾーンを設けている点でした。
また、こういった統合医療的なアプローチを広く知ってもらいたいと思い、留学中の勉強と並行して、日本人向けのタブロイド紙に連載する機会をいただきました。大胆にも自ら編集部の扉を叩いて「書かせていただけませんか」とお願いをしたのですが、植物療法のさまざまな実践家を訪れてインタビューを行い、原稿を書き、お礼のお手紙を添えて掲載紙を送るという一連の流れを経験したのはこのときが初めてです。その対価としてお金をいただいたときには、金額以上のなんともいえない満足感を得ることができました。
アロマセラピーには、植物の香りの部分だけを取り出して鼻から吸い込む方法と、皮膚から吸収する方法の2つがあります。しかし、アロマとして植物を使うことは実は部分的なものでしかなく、実はもっとホリスティック(全体的、包括的)に使えるものなのです。つまり、植物全体を使うという意味では「食べる」のもそうですし、ハーブティーなどを「飲む」こともそうです。また、細かくして何かの製剤と一緒にクリーム状やオイル状にして使用するなど、あらゆる植物を活用する療法を「植物療法」といいます。その一部が「アロマセラピー」なのです。
アロマセラピーは「ちょっといい香りのものですよね」と、香水の延長のようにとらえておられる方も少なくないと思いますが、本質はもっと深く面白いものです。例えばラベンダーの香りは良質な睡眠やリラックス効果のイメージがあり、その機能を求めて手に取る方が多いと思いますが、その方がラベンダーの香りが苦手であれば、かえって眠りにくくなります。もちろん、世間一般でイメージされる効果もあるのですが、本来はその方の心と身体の状態に合わせて、植物の力が発揮されたり抑制されたりする「双方向」の機能があるのです。
そして、これは病院で患者さんに実際に施術する中で体感したことですが、アロマはその方自身の「生きる力」が動いている状態で初めて効果を発揮するのです。やはり大切なのは「人が自ら生きようとする力を引き出すこと」という考えに行きつき、今の活動につながっています。
外からの風を運ぶことの大切さを実感
私が6年半勤めた病院は、東京にある460床ほどの大きな病院で、患者さんの多くは高齢の方でした。病院で療養生活を送っている方々は、なかなか外の季節感を感じる機会が少なく、また医療従事者の方にとっても、ともすると閉鎖的になりがちな院内空間で、自然植物のアロマセラピーは大変喜んでいただきました。アロマセラピストは患者さんの家族でも医療従事者でもありませんが、単にいい香りや効能を届けるだけでなく、私自身が外からの「風」として入っていくことに重要な意味があったのではないか、と感じています。
一方で、この活動を仕事として成り立たせていくのがとても難しいことも事実です。当時私は有償で施術させていただきましたが、仕事というよりほぼボランティアに近いものでした。しかし、そういった活動が行えること場自体が当時はまだ珍しかったため、大変貴重な体験でしたし、外からの風を運び、風通しをよくすることの大切さを直感として得られたことは、その後の活動テーマにもつながっています。
一般的にアロマセラピーは「受けるもの」という印象があると思うのですが、実は「受けて反応する」ところまでがとても重要です。現在は、より多くの方へ届けるために「空間演出」として香りを届ける活動を主に行っています。今まさにさまざまな病院や施設を対象に、より良いやり方を全国規模で探っているところですが、「これからの介護施設は五感を豊かにする空間施設であるべきではないか」という考えのもと、介護関連企業と少しずつ共同研究を始めています。
葉山の宝、長老たちの知恵や工夫を後世に
私はこの活動を心から楽しんで行っていますが、それに加えて90代の友達がたくさんできたことは想定外の喜びでした。その方々から短歌を教えていただいたり、地元の植物の使い方を教えていただいたりする流れの中で、2021年に『葉山和ハーブ手帖』という本を出版しました。80代、90代の友人とお話ししていると、地元の植物活用術のお話をたくさん聞くことができ、これが私たちの世代で途絶えてしまってはもったいない、是非次世代に伝えなければと思いました。また、この楽しい昔語りでいろんな世代がつながることができればさらに素敵だなと思ったのです。
もともとは、葉山に移り住んだのち「はっぷ」の活動として山の中でコミュニティガーデンを何か所か運営しており、そこで「認知症だけれど心も身体も自立した人」と一緒に仕事を行っていました。また、ハーブガーデンを一緒に育てていただいた方などもいて、その方々と庭いじり、土いじりをしながらお話ししていたところ、昔の思い出話がとめどなく出てきたのです。子ども時代に植物を使って遊んだ記憶や、食べ物や暮らしの記憶など、会話の中で自然に出てきたお話をうかがいながらどんどんメモしていき、さらに追加取材を行ってまとめたものが『葉山和ハーブ手帖』です。
実は「葉山ハーブ」はいわばフックのようなもので、表紙カバーをめくっていただくと、裏テーマとして長老たちのポートレート写真が載っています。私が本当にやりたかったのは長老たちに光を当てることでした。やはり葉山の宝は「人」なのですよね。
◆中村陽一からみた〈ソーシャルデザインのポイント〉
植物療法やアロマセラピーには、「いい香りで癒される」といった、おしゃれなイメージを持たれている方が多いと思うが、今回大橋さんのお話をうかがって、その本質は人間の「生きる力」が働いているときにもっとも効果を発揮する、大変意味深いセラピーであることが分かった。
また、最近ソーシャルデザインの分野でよく使われる「リジェネラティブ(再生型の)」という言葉に通じるものも感じた。大橋さんご自身がアロマセラピーの知識と技術をもって「医療」「介護」「福祉」の分野に入っていき、新しく清々しい風を吹き込まれたことは、これからますます拡大するこの分野を「ひらく」上で重要な意味を持つことになるだろう。