取材風景
私は中学1年の頃に美術部に入った。活動といえば月曜から金曜の好きな時に、美術室でマンガを白い紙に模写したり、好きなようにラクガキする程度。私にはうってつけの部活だった。
顧問はメガネの中年男性。マンガのことは一ミリも分からない。
運動部の副顧問をしており、美術部に関しては18時にカギを閉めるだけだった。
2学期のある日、部員全員が呼び出される。顧問からプリントを配られながら「秋にコンテストがある」と知らされる。
「絵画コンテストかな? みんなマンガしか描いてないけど…」と思いながらプリントに目を通すと、何と『京都のお寺の修復作業を取材し、写真または作文を応募する、新聞記事を想定したコンテスト』だった。絵のコンテストですらないのだ。
「まぁ遠足みたいなものか」と思いながら顧問に連れられ部活の仲間たちと参加した。
京都の秋。雨の知恩院。紅葉や、そのお寺では有名な『忘れ傘』を眺める観光客。「京都の秋らしい、素敵な風景だな」と思いながらシャッターを切る。
「それでは修復の現場をご覧ください」
お寺の本堂の周りを囲むように組まれた足場が、屋根の上まで続く。職人が屋根の吹き替えを行う。
「鉄の釘は使わず、全て木材だけで作られており…」などと説明されていたが、正直、中学1年生の私にはつまらないものだった。
一応カメラを向けてシャッターを切る。すると突然、顧問が話しかけてきた。
「キミ、一眼レフ使ってるん?」
周りは小さいカメラや写ルンですを使っている生徒が多かった。
「あぁ、親がカメラマンなんで借りてきました」
それまで空気のようだった顧問だったが、この瞬間にカメラ好きだったことが判明した。
どうやら一眼レフを持ってるだけで私はお気に入り生徒になれたらしい。
顧問は言う。「写真、プリントできたら全部先生に見せてな」
後日、プリントした写真を美術部に持ち寄る。
私は友人と「紅葉の写真、綺麗に撮れてる」「廊下歩いてるお坊さんも味がある」と話していた。
全員の写真を回収した顧問は、私に一言。
「キミのこと勝たせたるわ」
1ヶ月後。
私の写真は、『銀賞』に選ばれていた。
選ばれた写真は、手前に友人数名の頭が写り込み、暗い現場なのでフラッシュを焚いても少しブレてしまっている、自分で「これは失敗作だ!」と思った写真だった。
顧問は言った。
「取材してる臨場感あるやん。こういう写真がええねん」
負けた、負けた。
『金賞』じゃなかったことが悔しいのではなく、自分が失敗だと思った写真が評価され選ばれたこと。
そして、そもそもその美術部は前年も翌年以降も"絵のコンテスト"に参加することが無かった、ということも。
完全に顧問の思うツボとなっていたのだった。
クラスのプリント、1年生の学年だより、学校全体のプリントにも私の写真が載る。
顧問は言った。
「ほら、これで美術部がちゃんと活動してるマトモな部活って思ってもらえるやろ」
年1回のコンテスト、誰かの写真が1枚受賞するだけで、残りの期間は毎週マンガを描いてるだけの”お遊び部”でいられるのだった。
この顧問は、『【自分の好きな写真】での実績がある部活』で『美術室の鍵を開け閉めするだけの仕事』という、教師側から見るととても良い環境を、自ら作っていたということが分かった。
負けた。これは、【政治】とか【必要悪】とか、そういうやつだ。知らんけど。
中学1年の私はこういう世界を初めて目の当たりにして、脳がぐるぐるした。
その後、美術部とは関係なく中学2年の夏休みの宿題で描いた防災ポスターをコンテストに応募し、『銀賞』を受賞することになったのはまた別のお話。
マンガスクールの課題で書いた小説です。今までの人生で『負けた』と思った出来事について書きました。
以下のルールのもと制作しました。
・制限時間60分、1600文字以下
・タイトル、文章の中盤、結びには決められたフレーズを入れる
一部フィクションを交えており、誇張している部分もあるため、実際の出来事とは異なります。
例:『中学1年生の時に雨の知恩院へ』と書いてますが、コンテストには毎年参加してたので場所と天気の記憶が曖昧です。
書いてる際中は、中学生の目線で思い出して、分かりやすい表現や興味を引かれそうなワードを使いました。
当時の言葉では『お気に入り生徒』という表現になりますが、今になって振り返ると『受賞できそうな写真を撮れそうで、カメラの話ができる生徒』という扱いだったと思います。先生の指導のおかげか分かりませんが、作文部門の方で入賞した部員もいました。
中学生目線では【ズルい先生】だと思ってましたが、コンテストの傾向と対策を熟知されてたんだなと、今では思います。
(生徒をえこひいきするのではなく、『こういう写真が良い』というのを教えてくれていたり、そもそも『受賞しやすいコンテスト』に参加して成功体験を積ませてくれてたんだと思います。中学生目線では不満だったけど、大人目線で見ると全然悪い先生ではなかった。)
お読みくださり、ありがとうございました。
普段はマンガを描いております。
マンガスクールを通しての学びや制作物などはマガジンにまとめております!
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