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【読書】『クローゼット』千早茜
あなたの身体に触れていいのは、あなたが選んだものだけ
千早茜さんの作品を読むといつも、金継ぎを思いだす。
割れてしまった陶器を繋ぎ合わせて修復し、傷跡を金や銀で美しく引き立たせる修復法、金継ぎ。
もう二度と立ち直れない、と思うほど壊れてしまっても、人はまた、笑うことができる。
傷を負う前よりもっと美しく輝くことさえできる。
彼女の作品からはいつも、
そんなメッセージが伝わってくる。
幼い頃に母親の恋人から暴力を受けたことで男性恐怖症を抱えている纏子(まきこ)は、才能ある洋服補修士として服飾美術館で働いている。
立ち直りたい、普通になりたいと思い続けながらもそうなれずうずくまってしまう日々の中、クローゼットの中のような静かな職場で服と対話しながらその傷みを直しているときだけ、彼女は安らかに呼吸することができていた。
ある日、纏子のもとに一枚の服が預けられる。
継ぎはぎのように脈絡なく直され続け、内側がぐちゃぐちゃになってしまった、古いドレス。
どう直したものかと補修の手が止まる纏子に、先輩補修士が声をかける。
「たまにあるんだよね」
雛倉さんの声がした。
(中略)
「直しても、直しても、崩れていく、傷んだままでいたい服が」
わたしのことみたいだ。口に出してしまいそうになって、唇を噛む。
「できる範囲でいい。迷いながら針を刺すくらいならそのままでいいんだから」
やはり自分のことを言われているように思えた。変わりたい。でも、変われないわたし。この散々直しが入った服と同じだ。何度も直そうとした。普通の女の子に戻りたいと思ってカウンセリングに通い、学校も替えた。それでも、歪なままだった。
本当はどうなのだろう。わたしは別に変わりたくないんじゃないだろうか。もう諦めてしまっていて、習性のように悩んだり後悔したりするふりをしているだけかもしれない。
それでも。
それでも、纏子は何度も何度も、立ち上がろうとする。
もう無理かもしれない、すべて諦めてしまおう、と思っても。
傷を治してもう一度幸せになろうとする纏子の姿と、
傷んでしまった服をひとつひとつ丁寧に直していく補修士の手、
そして、傷を隠すのではなく美しさに変えてしまう金継ぎとが、
すべて重なり合って見えた。
この物語の最後の10行、
纏子の傷跡がいつの日か美しく輝く予感に、温かさが溢れて胸がいっぱいになる。
生きる中で多かれ少なかれ誰もが抱える傷に、やさしく寄り添い励ましてくれる物語。
雨に包まれた静かな日々に、ぱあっと柔らかな陽ざしが差し込み虹を見たような読後感。