イタリアの秘境を行く#2 アブルッツォ編 念願のアロスティチーニ(羊の串焼き)
父の料理、アロスティチーニ。
ドライバーをお願いしていたアレッシオの入院というアクシデントで、私たちは彼のファミリー一丸のサポートを受けることになった。彼らの家族が経営するファットリア・ディ・トゥッリオhttp://www.fattoriaditullio.it/では、自社の農産加工物の販売の他、女性陣による料理教室も行っており、妻のマニュエラとマンマから、私たちはキタッラというギターの弦のような器具で断面を四角く切るパスタを習っていた。
外では、昨晩から吹き始めた風が勢いを失わずに吹いていた。その風が、なんとも香ばしい肉の焼ける香りを庭からダイニングへ運んできた。
「アロスティチーニはパパの仕事だから」とマニュエラがパスタソースの具合をみながら言った。その香りに誘われて、私たちは思わず庭へ出た。
庭では、パパが手慣れた雰囲気で串を並べていた。この日のために、行きつけの肉屋から羊肉を仕入れてくれていたのだ。「いいかい、美味しいアロスティチーニを焼くのに大事なのは塩の粒の大きさだよ。細かすぎると塩っ辛くなるし、大きすぎると吸着が弱く火の上に落ちてしまう。中ぐらいの粒を使うとちょうどいい塩加減に焼ける」。
塩を振った串を一度コツンと叩いて適度に塩を落として、パパは串を焼き台に次々に乗せた。赤身肉の間に脂身を挟むのも美味しいアロスティチーニのルールだという。丁寧に四面を順に焼いて、串をホイっと手渡す。「焼きたてで食べるのが大事だからね」。
アロスティチーニは日本のイタリア料理店でもたまにお目にかかることがある。サイゼリアでは大ヒットメニューにもなったらしい。アブルッツォ州では結婚式のようなお祝い事、村祭りのような時に食べられる料理だと日本では教えられた。串焼きだし、本来は外で皆で食べる料理なんだろうなとは思っていたものの、思ったよりも頻度は高く、BBQ感覚で普段から楽しまれているようだ。そして、炭火に燻された焼きたての羊肉は、日本で食べるそれとは段違いというのでも足りない、圧巻の味だった。素材の鮮度ももちろんだろうが、アロスティチーニは焼き鳥みたいに炭火の焼き台で、店ならば対面方式で供されるべき料理なのだ。焼き鳥屋の羊肉版があったら日本でももっと美味しいアロスティチーニ食べられるのかも。いやいや、やはりこの臨場感には負ける。
正直なところ、肉の中で羊肉はあまり得意ではない。羊の脂も香りも苦手だ。独特の羊の臭み、そして脂の重さが苦手なのだ。なのに。このアロスティチーニには、苦手な臭いも脂の重さもこれっぽっちもない。今回は、肉食の中では羊肉中心というアブルッツォに行くのだから、苦手だろうが羊肉を食べる覚悟できたのだけれど、この羊肉ならば毎日でも食べたい。
アロスティチーニは、牧羊文化の根強いアペニン山脈側で広がった羊料理で、起源は羊飼いが無駄なく羊を食べるために生み出した食べ方だという。それが今や州民食的に支持を得て、スーパーに行けば冷凍やチルドで焼くだけのアロスティチーニが並んでいる。そんなアロスティチーニをその後たくさんの街で見かけたのだが、その度にパパの得意気なレクチャーや、喜んで食べる私たちを嬉しそうに見守っていた顔が過ぎった。
サックサクの三日月ドルチェ。
この日のランチで最後を飾ったのが、郷土菓子のCeglli ripini(チェッリ・リピエーニ)。卵を使用しないので焼き上がっても生地が白い。そして、バターは使わずに、大量のオイルを使用する。粉250gにカップ1杯のオイル。香りの強いオリーブオイルではなくあっさりとした植物油を使う。
円く型を抜いて、餡を入れて半月型におり、更に巻き込んで餡を閉じ込めて、端と端をキュッとくっつけて三日月型にする。少しオリエンタルな雰囲気。中身の餡はブドウ、モンテプルッチャーノ種のジャムだが、これも自家製。畑でブドウをそのまま乾燥させて糖度をあげて結晶化させる。結晶化しているので、食べるとシャリシャリする独特の食感のジャム。甘いけれど砂糖のそれとは違う、あとくされのない素敵な甘みだ。驚くほど入れたオイルの効果はといえば、生地がサックサクに仕上がるのだ。
当方、ドルチェも元来そんなに興味はない。砂糖の甘さがどうにも好きになれず、レストランのコースの後のデザートでは二口目か三口目でお腹がブロックする。このチェッリ・リピエニの甘味は砂糖由来ではないので、大変心地よく食べられた。そして当たり前だけれど、赤ワイン、モンテプルチアーノ・ダブルッツォによく合う。アブルッツォの評価は、早くもだだあがりだ。