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イタリアの秘境を行く #9 モリーゼ編 食べると増えるブロデットと満月
海辺の街、テルモリの魚介料理店<ダ・ニコリーノ>
テルモリはイタリアの数ある海辺リゾートの中では間違いなくマイナーな部類。でもそぞろ歩くには、ちょうどいい街だ。10月末だというのに海に入る人もいるほどまだ暑さが残る。夏の名残にしては長すぎるけれど、これは幸運だった。オフシーズンなのにレストランやトラットリアもまだ営業していて、お店の品定めをしながら歩くのも楽しい。しかし初心に戻る。そう、テルモリで食べようと決めていたのは魚介のスープ「ブロデット」だ。モリーゼ州だけでなく、アドリア海岸沿いのマルケ州、アブルッツォ州にもそれぞれの港のブロデットがある。その季節々々、その土地々々で魚種も味付けも港ごとに異なると言われる海辺の定番料理。テルモリに行くのならと勧められたのが<ダ・ニコリーノ>。街を散歩しながら店を覗いて夜の予約をした。当日そんなことが叶うのもちょうどいい。
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海で泳ぐ、まだどこかヴァカンス気分を引きずるイタリア人。
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さて、件のテルモリ風ブロデットは、浅く表面積の大きなテラコッタの鍋でさまざまな魚種が煮込まれる。ブロデット名物の店とあって、どのテーブルでもテラコッタがぐつぐつしている。一見して魚種が豊かだ。これまで他の地方で食べたズッパ・ディ・ペッシェ(魚介のスープ)、カチュッコ(トスカーナ版ブロデット)などと比較して入っている魚介の種類が多いなという印象。ほうぼう、ヒメジにシャコもたくさん入っている。もちろんムール貝、いか、手長海老などなどもだ。トマトベースのスープはある意味定番だが、青いペペロネを入れるところがテルモリ風の証らしい。しかし、なんといっても強烈な印象を残したのは、最初から別添えで皿に盛られてきたスパゲッティである。鍋と一緒に食べやすいように短く切られていた。
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「まず最初にスープをパスタに入れて食べます。次に魚介を食べてください」と説明を受ける。最初から炭水化物??と怯む。日本人的には鍋の締めにオジヤか麺と行きたいところ。しかし日本の鍋は食べながらスープの味を育てていくけれど、このブロデットはもうスタートから完成品だ。さまざまな具材の全てが溶け込んだこのスープこそ、ある意味一番のご馳走。だから最初に純粋にスープを楽しむためにパスタに吸わせるのは正解なのだろう。それはわかっている。が、パスタの量が多すぎやしませんか?
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まず最初にスープだけで飲んでみた。豊かだ。そしてパスタにかけてみた。パスタがスープを吸い込んでみるみるうちに膨らむ。パスタを食べ始めてみたが、魚介を食べるスペースが果たして胃に残るか不安で仕方ない。パスタを完食したら間違いなくそれで終わってしまいそうだ。ここはやはり、本能に従おう。途中から魚介をパスタにオンして魚介パスタ風に、そしてメインのように魚介だけを味わう。味変しないと気のすまないのは日本的か。細かにギアチェンジしながらブロデットを食べる。その間にもパスタはどんどんスープを吸ってボリュームを増す。むしろ最初より増えている?結果、パスタは半分も食べられなかった。一番美味なスープを吸っているはずなのに。もしもう一度チャンスがあるとしたら、どう食べるか。スープだけでたっぷり食べたい。テルモリには悪いけれど、私はブロデットに添えるならパンがいいかな。増えるワカメみたいなパスタとそれを完食できない罪悪感、ヘタレな自分への残念感を忘れはしまい。
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満月に照らされて
移動の多かった今回の行程で、テルモリだけは唯一3泊。他の街にもアクセスしやすいし、この街はゆるっとした滞在に合っている。日本でいう高度経済成長期ぐらいに建てられた古いアパートは、設備の古さは否めないが広々として、三面のバルコニーがあり、風の抜けが良い。毎晩、バルコニーで月光浴できた。
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10月29日の満月は殊更に明るかった。海の照り返しもあるからだろう。後で知ったのだがハンタームーンという満月だったようだ。波も静かで、静かな港町には、ただただ月の光が降り注いでいた。
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海沿いの街にしては磯臭さはなくて、海辺では一度見てみたかった古い漁師小屋、トラブッコもみることが出来た。気負いのない街、気兼ねない滞在ができるアパート、新鮮な魚介、美しい月。テルモリはまた戻ってきたい場所になった。
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