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深海の魔女|詩


せっかくここまで堕ちてきたのだから
ゆっくりしていってはいかが?

あまりじたばたすると
却って
水底の泥に呑まれますわよ


ここが一番深いところだとお思いかしら

その人ごとに
海の深さは変わるもの


あなたみたいに底知れぬ
人間を見たことはなかった

おかげで
長く退屈な
眠りという逸楽から
目醒めてしまったほどよ



ゆっくりと流れに身を任せ
漂いながら
沈んでお行きなさい
さらなる深みへと


海溝の底まで

水底に開けた地平をゆっくりと這う
深層流の為すがままに



どんなに深く
光の射さぬ水底にも

かつて月のくちづけを受けた真珠貝や
浅瀬から深みへと連れ込まれた珊瑚さんごの枝が
ひっそりと眠りについている


見上げてご覧なさい
あの 光あふれる海のおもてにゆらめく
清澄なるあおのタペストリーを

あなたの海が深ければ深いほど
病んだような煮凍にこごりも
裂開れっかいの傷痕も
ついまでこらえて
流さなかった涙も

その瞳をある日かすめた
美しき殺意も
すべて沈み切って
闇にほど

水面みなものさざ波は なお澄んで
なにひとつけがれを残さぬ水晶となる


その上澄みを
人々は聖なる水と呼び
あなたの名も知らぬまま
額に雫を受け
喜びに満たされるでしょう


あなたの覚悟次第で
その殉教者になれるのだから


さあ お行きなさい
さらなる深みへ


かつてあなたを壊した
ただひとつの愛を 胸にいだいて



タイトル画像は sjhanjeju様@pixabayです。(色相を変更してあります)

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星の汀 / ほしのみぎわ
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