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蜜月|詩

忘却の中に

甘く優しい死だけが
満ちているその淵に

沈み込もうとしている私に

何かたまらなく
愛おしいものが
過電流をかけていく

そのたびに
この世に目覚めて

また心を
人質にとられたことに気づく


ベッドから起き上がり
窓辺で月のシャワーを浴びて
身支度をととのえる

月の雫で染めた
シルバーパールの爪の先に
青い影がよぎる

ペンを手に取って

心を奪ったそのなにかに
手紙を書こうと

インク壺にペン先を浸す


間違えた世界に
生まれてきたけれど

それでもここにも
優しい人々と
美しいものがある

──これでよかったの?
──そうね、仕方がないもの

少し笑って

やさしい声のそのひとに
今日も心を捧げましょう


この世界で
与えられた
すべての用事がおわるまで

どうかあなたの
深く豊かな声を
わたしの耳に
響かせていてね

私がこの世を去るときに
手を取って
導いてくれる
その日まで


でもその
大きな鎌は
いらないわ

それは逆らおうとする
ひとたちのための
ものでしょう?


あまり痛くしないでね
すぐに終わるって
約束してくれたら

目を閉じて
この手を預けるから



身体は
月の光で浄めてから
白いドレスと
ヴェールを
着せたいの

これも
大事な
預かりものなんだって
誰かが言っていたから


あちこちくたびれているけれど

そうね
幼い少女の頃に
戻してくださるかしら

そうしたら
細くなった指から
指輪を抜き取って

あなたにお返しできるでしょう?



でもそれは
ずいぶん先のことなのね

この世に
そんなにも
たくさんのご用が
残っているのなら


あなたの強いおくすりで
今は
しばらく眠らせて


夜が明けて
目の奥底まで
焼き尽くす
昼の光が満ちたなら

小鳥の歌や
あでやかな
花の香りに
惑わされるように

空と大地の間を
さまよいながら

なすべきつとめを
果たしましょう



夕空が
薄桃色から
たそがれの青に
抜けてきたら


わたしの代わりに
泣いてくれる
一番星の
最初の雫が
落ち切る前に

私を抱き止めに来てね


すべての
麻酔が切れて

この身が
無限の黒に
落ちてしまう
その前に



※タイトル画像は
justdd @stock.foto
(加工してあります)



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