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元いじめられっ子が「聲の形」のMBTIを全力考察した結果

 昨日金ローでやっていた「聲の形」。筆者はこの作品の大ファンで今回もボロボロ泣いてしまった。

しかしこの作品は登場人物が皆、何らかの心の闇を抱えており、初見だとなかなか理解しづらいのではないかと思う。筆者なりに考察してみた。長くなっちゃったのでとりあえず主要人物だけねw


石田 将也:ESTP(Se-Ti-Fe-Ni)

小学生時代

 主人公の石田はESTPと思われる。西宮硝子が転校してきた際にいじめたのは、主機能Seがさることながら、おそらく補助機能Tiに触れたからだ。

硝子は耳が聞こえないというそれまでの石田にとってはイレギュラーな存在だ。それゆえ興味を引いた。そのアプローチ方法は補助機能Tiを手段として、主機能Seを充足させる方法を取る。具体的には「いじり」「からかい」といった方法になるだろう。

 通常のクラスメイトなら、いじったりからかったりすれば、「やめろよ!」と嫌がったり、泣いたり怒ったりと何らかのアクションが帰ってくるだろう。だが硝子は違う。少し悲しそうに微笑みながら(ありがとう)とか(ごめんなさい)と筆談するだけだ。

石田からするとこれは異質で物凄く気味が悪い存在だ。嫌がられること、怒られることをわざとやっているのに、怒ったり、やり返したりといういつもの反応がまるで帰ってこないからだ。

だから石田は、硝子から「いつもの反応」が帰ってくるように確かめようと、同じ方法をより強く、よりショックを受けるよう繰り返した。何らかのアクションや干渉を試みて、その反応を見るというアプローチはいかにもSe+Ti的だ。

 だがそれでも硝子は怒ったりしない。Tiが意味をなさない状況で、ESTPは代替機能Feを意識するようになる。つまりSe-Feループに近い心理状態にあり、硝子をからかって注意を引こうと、クラスのみんなに面白いところを見せようと躍起になってしまうのだ。そしてやりすぎるとどうなるか、という着地点の部分が見えていないところは劣勢Ni的でもある。

こうして石田の硝子に対する「いじり」はいつしか度を越えたものとなりエスカレートしてしまう。補聴器の度重なる紛失や破損がクラス内で問題となり、「いじめの主犯」として制裁を受けることになってしまった。

高校生時代

 石田は上記の出来事からトラウマを抱え対人恐怖症になってしまう。高ストレス下に置かれることで不健全状態を余儀なくされるわけだが、これは慢性的に代替機能Feを意識せざるを得ない状況と言えるだろう。これは硝子に会う前、会った後ともに一貫している。硝子に対する罪悪感・後ろめたさが否応なく彼をそうさせる。

筆者の父がそうだったのだが、ESTPは実際Feユーザーとして結構わかりやすいサインがある。たとえば臨時収入が入った時はパッと気前良く振る舞う気江戸っ子気質や、自分の子分は守ろうとするガキ大将気質などはそれだ。

 またESTPは言葉よりも手が出やすい。これは前述の通り主機能Seを使って、相手に有形力を用いて干渉してみて相手から返ってくる反応を見るためなのだが、実は補助機能Tiで「やりすぎないライン」を絶妙に読んでいる。これ以上やるとケガさせるとか、泣いちゃうとか、先生に怒られるとかだ。

しかし硝子はただ微笑むだけで本来返ってくるべき反応が返ってこない。石田からするとこれはとても気持ちが悪い。だからラインが読めずにエスカレートしてしまった。後述するが植野もそうだ。本来返ってくるべき反応が返ってこない違和感が彼女を苛立たせる、戦うべき場面なのに戦わずに逃げる硝子の態度が気に入らないのだ。

そのラインを見誤って「しまったやりすぎた!」と感じた場合、ESTPは代替機能Feを使って相手を懐柔しようとする。治安が悪いたとえで恐縮だが、DV彼氏が彼女を殴った後、優しく抱きしめて頭を撫でるみたいなヤツだ。そしてその彼女がFiユーザーだったりするとこれが効果覿面だったりする。

ハナシはそれたが石田の硝子に対する感情はそれだ。クラスメイトの制裁も受けて、かつて自分が硝子にやっていたことを身をもって体験した上で、「やりすぎた」ことを謝りたかったのだと思う。またその一方で、硝子という異質な存在をきちんと理解したかったという興味もあったようだ。

西宮 硝子:ISFJ(Si-Fe-Ti-Ne)

 硝子はISFJと思われる。ISFPとかなり迷ったが、利他性や自己犠牲的傾向が強いことからきっとISFJだろう。決め手はNe劣勢だ。不健全状態になるとNeグリップからネガティブな未来に圧倒されて塞ぎ込んでしまったり、恐慌状態に陥って極端な行動に出てしまう。

まず硝子はかなり辛抱強い。あの辛抱強さは主機能Si、劣勢機能Neを持つISFJだろう。あれだけいじめられて辛くないはずがないのだ。もし主機能Fi+補助機能SeのISFPなら反撃に出るだろうし、高校生になってから再会した石田に対して、もっと知りたい、仲良くなりたいなどとは思わないだろう。INFJならいじめに音を上げるか、早々に見切りをつけてしまう。

硝子は「自分のせいでみんなに迷惑を掛けている」という深刻な負い目があり、自己評価が限りなく低い。いじめられるのはクラスメイトのみんなと違う自分が悪いと思っている。だから少し悲しそうに「にへ」と笑って(ありがとう)(ごめんなさい)しかできない。

 これはIxFJによく見られる自己犠牲的行動で、前述の自己評価の低さ故だ。彼らは問題やトラブルが起こった際、自分が不利益を受け入れることでやり過ごそうとするクセがある。自分さえ我慢することで争いがなくなるのならそれでいいという発想だ。事実IxFJはすぐ謝ろうとする。

この自己犠牲は補助機能Feによる利他性によるもので、IxFJは誰かの役に立ちたい、喜んでほしいという思いが強い。これは自身が攻撃されたときですらもそうで、怒りや嫌悪といった敵対感情の明示や、やり返すといった反撃行動を苦手とする。交渉は謝罪と譲歩一辺倒で、いいようにやり込められてしまう。

他者から攻撃を受けたIxFJは、むしろ「自身に何か落ち度があったのではないか」と内省を繰り返したり、過度に自罰的となったりして、罪悪感を胸中に抱え込んでしまう。攻撃を受けたのは自分であるにもかかわらずだ。こうしてIxFJは自身が攻撃に晒されると真正面から受け止め、責任感の強さも相まってすぐボロボロになってしまう。

 本来ならばそんなのはおかしいに決まっている。ネット掲示板の言葉を借りるなら、いじめはいじめられる側に原因は確かにあるかもしれない。だがいじめられたことについての責任はない。悪いのは当然ながら危害を加えた加害者なのだ。

よってSeユーザーのESxP、TeユーザーのExTJなら「よろしいならば戦争だ」と即座に報復措置を取るだろう。ESTJの植野などはまさにそうだ。だが自己評価が致命的に低い硝子は、他人を攻撃する術を持たず「自分のせいだ」と考えてしまう。

どうしてこのような心境を断言できるかというと、筆者自身に似た経験があるからだ。だから硝子の(ごめんなさい)(仲良くしたい)という心境や辛さは痛い程よくわかるし、終盤に橋の真ん中に座り込み、それまで胸の内に溜め込んでいた感情があふれ出した結果声を上げて慟哭するシーンは辛すぎて毎回泣いてしまう。はやみんスゲーよマジで…。

西宮 結弦:ISTP(Ti-Se-Ni-Fe)

 作中屈指の善人その1。好きなキャラだが少しわかりにくい。基本的に愛想がなくぶっきらぼうで、自身の論理性に従って行動する描写が多いのでISTPなのかなぁ。

硝子を訪ねてきた石田を勘繰り、塩対応をして追い返す。まあこれは当然なのだが、しかし好き嫌いという個人的な感情はあまり見えず、Ti主機能っぽい描写だ。何かと強制力の強い八重子さん(西宮ママ:ESTJ)と仲が悪い点もISTPっぽさがあるが、まだ中学生なので単に反抗期の可能性もある。

また結弦はカメラをやっているのだが、撮る写真はなぜか動物の氏骸ばかりだ。これは映画終盤でその理由が判明するのだが、代替機能Niと劣勢機能Feっぽさが感じられた。

ちなみに筆者はリアルタイムで週刊連載版を読んでいた当時は、リンダキューブアゲインのネクみたいなやべーやつだと思っていた。

氏体集めはつらかったよ。
それにあの頃の俺はマジメでさ、手を抜く方法も知らなかった。

氏体はねぇ、捜すより作るほうがずーっと簡単だってことにもっと早く、気づいてればなぁ…。もっと早く、気づいてさえいれば…、学校にも行けた!友達もできた!サッカーだってやれたんだよ!

兄ちゃん!! あんたばっかりズルイよぉ!!

みたいなキャラだと思っていて、いつ猟奇的本性を現すのかワクワクしていたのだが、期待に反して超いい子だった。正直すまんかった。ゴメン

ちなみに結弦はニコン使いでD3300を使っている。「カメラ、はじめてもいいですか?」に友情出演しよう(白目)

永束 友宏:ENFP(Ne-Fi-Te-Si)

 作中屈指の善人その2。いいヤツなので個人的に大好きなキャラなのだが、やはりいまひとつ説明しづらい。ENFP特有のフワーッ!!という 藤原書記感 浮遊感を感じられるのでENFPなのだろう。

まず石田とのファーストコンタクトについてだが、悪評があるはずの石田に対して偏見や悪感情を持っていない。たまたま不良に絡まれた際の縁で石田と仲良くなるのだが、基本的ににイイヤツでコメディリリーフ的なポジションが多い。なかなか重たいテーマの本作品において一種の清涼剤となっている。映画撮影という趣味もNeっぽさがある。

ちなみに映画版にはないが、週刊連載版で植野と河合にナチュラルに汚物扱いされるシーンがあり、なまじシリアスなため草も生えない。

キャッ 汚い触らないで!

きったねェ手で触んじゃねェッよッ!!
チビデブが色気づきやがって!!
誰がてめーなんか好きになるかよ!!

長塚くん………強く生きろよ。

植野 直花:ESTJ(Te-Si-Ne-Fi)

 作中きっての武闘派にしてやべーやつ。見た目こそ澪や佐天さんに似た黒髪美少女だがその実態は狂犬であり、作中随一の攻撃力を発揮する。

硝子をよく思っておらず辛辣な態度で当たることが多い。あの八重子さん(西宮ママ)にもビンタを一撃入れ、やり返されてもひるまないというなかなかな人。王騎将軍に一撃入れた輪虎かな?

掲載雑誌が週刊少年マガジンなので基本治安が悪いのはしょうがない 
これでも週刊連載版に比べて大分丸くなった

 わかりやすくキッツイ性格で、Te強めで干渉力・制圧力もあるのでESTJっぽく見える。行動原理で見ると、小学校の担任竹内先生から硝子のサポートを指示されるが、硝子にはあくまでもクラスのルール合わせてほしいと思っていて、規則や秩序に重きを置いている性格がうかがえる。

西宮をいじめたり殴ったりして怒りを露にしたのも彼女がそれをできないからで、その辛辣な態度の裏には恋敵として嫉妬している面も見え隠れし、そうやって石田の気を引こうとするところも劣勢Fiっぽさがある。

 自分を曲げられず、高校時代では何かとキツイ言動で周りと衝突しがちなところが目立つ。観覧車に硝子と2人きりで乗るシーンでは本音でぶつかりたい想いがあったが、争う手段を持たない硝子は「自分は自分が嫌い」と言った。

これは硝子にとっては本音だったのだが、Te主機能のESTJにとって自己否定は理解から遠い感情であり、植野はまたしても逃げと捉えてしまった。そうやって自信を卑下して自らに立ち向かってこない硝子に対して、「結局あんたは私と話す気がないのよ!」と憤るところも劣勢Fiっぽいムーブだろう。

そこがまた可愛いのだが、それは神の視点で物語を俯瞰できる視聴者だからで、周りのメンバーからすると普通にやべーやつな印象が強い。終盤で硝子、八重子、上野が病院の裏で取っ組み合いになって傷だらけになっているシーンは「どうしてこうなった…」とただただ圧倒させられる。

川井 みき:ESFJ(Fe-Si-Ne-Fi)

 個人的にとても興味深い人。というのはネットだとアンチが物凄く多いキャラなのである。叩かれる理由は自己愛・自己保身が強いやべーやつと思われているためだ。

小学校時代の川井は、表向きはイジメを否定しつつも実際にはクラスメイトと共にイジメを楽しんでいる節があり(ただし石田や植野と違って直接手は出していない)、それを石田に糾弾されると一転、悲しんで泣くという行動を取っている。

高校時代も変わっておらず、仲間内で不和があった時、自分が気があり、いじめっ子を嫌う真柴の前で、小学生の頃の石田が硝子をいじめていたことを普通にバラす。石田に自分も楽しんでいたことを指摘されると、石田君が怖かったからと責任逃れをする発言をした点で視聴者からは叩かれている。作中でも川井は石田から自分が可愛いだけと指摘されている。

 川井はESFJと思っている。一見すると発言に矛盾があり、身勝手で自己保身的なためこれが叩かれる原因になっているのだが、キャラクター性格診断wikiのコメント欄に興味深い書き込みがあり、筆者もこれに同意する。

実は川井はウソをついていない。上記のいじめを表向き否定していたこと、しかし実態はいじめに参加していない(ただし止めてもいない)は作中描写を見る限りは確かだし、石田や植野が怖かったことは本心だろう。石田目線で見ると主義一貫していないように見えるが、それは認知の歪みであり、クラスメイト視点からは徹底して優等生ムーブなのである。

 川井はFe主機能ゆえに、周囲と同調することが自分そのものになっているのだ。それゆえ自身の言動が論理的に矛盾しているという自覚が無い。「周りがどうこうではなく自分個人としてはどう考えるか。筋が通っているか?」ということを意識することを苦手としており、劣勢Tiの特徴といえる。

ちなみに川井が善人か性悪かの論争については作者と監督公認でいい子という扱いになっており一応決着している。ただしあざとい一面も確かにあり、週刊連載版では自分がカワイイことを自覚した上で振る舞っている描写があり、油断ならない(ただしその描写の真意は後の話で描かれる)

西宮 八重子:ESTJ(Te-Si-Ne-Fi)

 八重子さんすなわち西宮ママ。なんつーか色々と覚悟が決まってて武士みたいな人。硝子に強く育ってほしいという思いからノーマライゼーションを望み、硝子をあえて普通学級に通わせている。

そこまでは分かるのだが、学校でいじめられないように硝子の髪をベリーショートにしようとしたり、補聴器を紛失・破損されても硝子当人の問題だからと当初はあえて静観していたりと、やり方が厳格すぎてやっぱりやべーやつだった。この独特の圧の強さはESTJのソレだろう。

 この人もやっぱり規則や秩序に重きを置いている性格に見える。そして自分の考えを曲げられず、硝子の対応をめぐって結弦にも反発されてしまっている。

石田が西宮ハウスに上がり込んでケーキを作る回は修羅場すぎてスゲーワクワクした。かといえば例の花火大会の翌日は美也子(石田の姉ちゃん)にまさかの土下座という素敵ムーブを決めて姉ちゃん困惑させる。普段から強く気を張っている分、感情表現が不器用な人なのだと思う。生まれた時代を間違えた。

まとめ

 全力と言いつつ石田と硝子の記述に力を入れ過ぎたあまり他のキャラの記述が途中力尽きてネタ記述になってしまった図。佐原や真柴、ネーチャン、担任の竹内先生に至っては書けてすらいないのだが、ダメだもう文字数オーバーしちゃってる!加減しろ莫迦!!

 この作品のいいところはみんなそれぞれ欠点があって、また心の闇があるのだけど、硝子を中心として皆が衝突したり歩み寄ったりを繰り返しながら、互いに折り合いをつけて少しずつ成長して進んでいくところだ。

いじめや仲間外れを受けた当事者である筆者の体験談では、普通にハブられて終わってしまったので、フィクションの世界とはいえ是非仲良くなってほしいなという思いもある。高校生になって石田は硝子と邂逅するのだけど、現実にはそう上手くは行かない人が大半だろう。

 実は筆者も一人苦悩して行動も起こしたことがあるのだが、こうはならなかった。それほど「いじめ」という問題は根が深く、とても難しい問題なのだ。またタイムリミットもある。いじめられた側は覚えていても、いじめた側の記憶からは消えていく。就職や結婚でライフステージも進んでいく。いじめられた側がひとり孤独に頑張ってもこの物語のような綺麗な形には多分ならない。こちら側にできることなど何一つもないのかもしれない。

筆者がMBTI記事を書こうと思ったのもこうした過去の経験からで、そのMBTIも上記の経緯からISFJ研究からスタートしている。

初恋だった人がおそらくISFJで、その人隣りを少しでも知りたい、あの時どんな気持ちでどんなことを考えていたのか、ということを理解したいと思っていたうちに長じてこうなったパターンである。怪我の功名というわけではないが、1サンプルとして参考になれば幸いだ。

最後に一言

長くなってしまったが最後に一言だけ言わせてほしい。

───このアニメのタイトルは 「蟹の形」じゃねーから!!!


あと「四宮」って誰だよ!!!(ドーンかYO!!!)


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