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祖母の話 - あだ名をつける

私の祖母なのだが、少し風変わりな人だった

たとえばこの祖母は、私が幼稚園生のときにキャンディキャンディのなんとかBOXを買ってくれたことがある
キャンディの柄がついたクレヨンとかメモ帳とか小さい折り紙が入っているカラフルな紙の箱なのだが、これにサイコロが2つ入っていた
付属の説明書には2つのサイコロを振って出た目で占いができるよう「1と1:おともだちができるかも?!」などと書いてある
祖母はサイコロ2つを見るとおもむろに立ち上がり台所に行くと、湯呑みを持ってもどってきた
そして「どなたさんも、ようござんすね?」と、中途半端なモノマネをするときのビートたけしみたいな声色で私に告げて、湯呑みにサイコロを入れてパッと床に伏せた
そこで母が気づいて「おかあさん、子どもに変なこと教えないで」と言ったので、博打ごっこは未遂に終わった

母がいうには、祖母にはむやみにあだ名をつける習慣があったという
母が子どもの頃などは、近所の人に「てるかんさん」だの「出し男」だの「カバ男爵」だのという妙なあだ名をこっそりつけて、家族のうちではその名で呼んでいた

「てるかんさん」は髪を青々とそりあげていて、名前を「しょうがん」と言った
寺を離れたお坊さんではなかったか、と母はいう
近所の人たちのあいだでは、お坊さんが寺でもないところに一人で住まうとはただごとではない、ということで「昔、人を殺した」という設定になっていた
もしかしたら坊主ですらないかもしれない人を人殺しにまでする凶暴な想像力と比較すると、てるかんさんという変なあだ名のほうがよほど罪がない

「出し男」というのはその名の通り「出していた」ことであだ名がついた
しかし彼がそれを出していたのは自宅内である
自宅のなかで全裸だろうと下半身だけ丸出しであろうと他人にとやかく言われる筋合いはない
路上ならまだしも、家のなかで出していたのをたまたま祖母が目撃したからといって露出狂呼ばわりとは理不尽にもほどがあろう
しかしそのうち家族内では彼の妻までもが「出し女」と呼ばれるようになった
彼女の場合は家の中で出してもいない、理不尽ここに極まれりである

「カバ男爵」というのはただカバっぽい感じの風貌と押し出しの良さから爵位を得るに至った、エピソードは特にない
その妻には「てれれ夫人」というあだ名がついていたということだが由来は聞いていない

ちなみに若い頃の祖母のあだ名は「おんな西郷」という、橋田壽賀子ドラマのタイトルみたいなものだった
犬を連れてむやみにそこらを歩き回っていたことからくる
祖母はじっとしているのが嫌いな性分で、しかし大正生まれのうら若い女性となると意味もなく外を徘徊しない
そこで祖母の親が「犬でも連れていれば体裁も悪くなかろう」と犬を買い与え、祖母はその犬を連れてむやみに外を歩き回っていたため近所の人たちからそのようにあだ名されることとなった

祖母の生家は浦和の呉服屋で屋号を「ほしもん」といった
店の名の由来であるホシノモンゾウとは祖母の父の名である
店はつまり、モンゾウが一代で築き上げた
そして一代で終わってしまった店である
しかしいっときはたいそう羽振りがよかったとのこと
モンゾウはホシノ家の入婿だった
家つきの娘である初代の妻は3人息子を産み、若くして亡くなった
祖母の実母はモンゾウの二代目の妻である
彼女は深川の御家人アサカ某の娘でツヤという
アサカ某は上野戦争のときにこのツヤをおぶって逃げた、という話が残っている
(上野の戦争とは、御家人や旗本があつまって彰義隊を結成し、いまの上野動物園のあたりたてこもり、それを村田蔵六率いる新政府軍が佐賀藩自慢のアームストロング砲でもって攻撃した幕末の戦)
ツヤは祖母を産んだ際の産後の肥立が悪かったとかで、祖母は生まれてまもなく「はなちゃん」の実家で育てられることになった
はなちゃんというのは「ほしもん」住み込みのお手伝いさんである
田舎にあるはなちゃんの実家で祖母はとんでもないおてんばに育ったが、結局ツヤも祖母の弟にあたる男児を産んでまもなく亡くなり、やがて三代目が「ほしもん」に来る
三代目は芸者上がりでたいそうな美人であった
芸者といってもどこぞの商家のお嬢さんの、芸事好きが高じてなった芸者である
したがってお金には目もくれず、客に媚を売らず、大変気位が高かったらしい
三代目はつっけんどんな性格ではあったが、気質がさっぱりしていて、とくに嫌な思いもしなかったとは母より伝え聞いた祖母の弁
祖母がおてんばをするのですぐに髪が崩れるから、三代目は祖母の髪を結う際思い切りきりきりと結い上げた
目が吊り上がるほど結い上げるので「狐みたいになっちゃって」と、それには祖母も閉口したとのこと

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