ASMR映画考③《2・タルコフスキーとASMR》
ASMRという言葉は、2010年にニューヨーク州在住のジェニファー・アレン氏が命名したものだ。
Autonomous Sensory Meridian Responseの略で、直訳すると、「自律感覚絶頂反応」となるが、一般的な日本語訳はまだ存在しない。
ウィキペ ディアには「人が聴覚や視覚への刺激によって感じる、心地良い、頭がゾワゾワするといった反応・感覚」とあるが、日本では主に「音フェチ」という意味で使用されることが多い。
しかしASMRは、別段聴覚に限定された反応ではないため、その定義には違和感が残る。
クレイグ・リチャード氏が運営するASMR Universityがウェブ上に研究成果を収集しているとはいえ、科學的検証は追いついておらず、どのような機序によってその反応が起こるのか、 よく判っていない。
私としては、Bath Spa Universityの心理學者アグニェシカ・ジャニク・マカーリン氏が考察するように、共感覚と関わりがあるという気がしてならない。
ASMR関連動画は、YouTube等の動画サイトでは既に人気ジャンルとなっており、投稿者はASMRistとも呼ばれている。
心地よいと感じる刺激には個人差があるため、ASMRistは様々な視覚的要素・聴覚的要素を駆使し、キッカケ(トリガー)となる刺激を提供する。
実は、これまで私が使用していた「ウツラウツラ」は、このASMRの文脈に依っているのでもある。
話をタルコフスキーに戻そう。
何故、タルコフスキーを観ていると眠くなるのか。
それは彼が、今でいうところのASMRistの先駆け的存在であり、彼の映像表現には、ASMR的なトリガーが横溢していたからではないか。
1987年に武満徹が「アンドレイ・タルコフスキー―芸術家の避けられない宿命」で考察している以外に、タルコフスキーの音に纏わる分析、主にASMR との類似を指摘をした者はいないだろうかと思い、検索をかけてみたところ、ウェブに限定していえば、古谷利裕氏が2016年にブログで触れているくらいで、YouTubeに「Sounds like Tarkovsky」等と銘打ち、滴り落ちる水の音を投稿している者などはいるものの、それ以上のものはなかった。
タルコフスキーがセロトニン、オキシトシン、エンドルフィン等の脳内ホルモンの働きに関心があったか否かは定かではないが、彼の主要テーマである「世界の救済」を映像というメディアによって展開しようとした時、その表現手法が、ASMRist達のそれと交錯した可能性はある。
また彼が得意とする「水」、「火」、「犬」等のモティーフは殆どそのままASMRのトリガー足り得るだけに、冗長と批判されながらも長回しで描き続 けた「夢」のシーンもまた、不眠症治療に効用があると目されるASMR的文脈で鑑みた際に、いちいち頷けるものとなっている。
また、これは聊か冗談じみた推測だが、タルコフスキーはソ連当局と作風を巡って絶えず揉めていたらしいので、どうにかして検閲官を眠らせようと画策したのかもしれない。
(続く)
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