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『ダイヤモンド・エイジ 上』 ① バドとマグロウ卿
3,370字
以前読んだ『スノウ・クラッシュ』と同じ著者であるニール・スティーヴンスンの、『スノウ・クラッシュ』後の作品。
彼の作品は、どんどん長くなっているらしい。
どんどん読んでいかないと。ただ、満足感もあるから、スノウ・クラッシュの余韻で満足していた。
やっと、次の作品を読みたくなった。嬉しい。
スノウ・クラッシュはメタバースの世界だったが、
こちらはナノテクを使った本の話だという。
孫娘の教育の話。
今作の舞台は上海。
冒頭に孔子の論語が引用してある。
p.3
性、相(あ)い近し。習えば、相い遠し。
(生まれつきは似かよっていても、
躾で変わってくるのが人というものだ)
ー孔子(『論語』巻第九・陽貨第十七)
ニール・スティーヴンスン著
日暮雅通訳
(2001年 早川書房
2006年ハヤカワ文庫SF)
電子書籍版 2022年
・・・心掴んでくる。
バドという名の青年が、改造ガンをアップグレードしようと、改造パーラーを訪れる。服装は黒い革製のつなぎ、足元には高性能ブレード(これは『スノウ・クラッシュ』を読んだ読者にはお馴染み。運び屋の主人公が履いていた)。
前職(ドラッグ業界の危険な囮(おとり))で得たお金の三分の一を黒い革製のつなぎに投資。
(筋肉を誇示し、ケンカをふっかけられないため)
三分の一を高性能ブレードに、そして残りの三分の一を、今頭蓋骨に埋めたスカル・ガンをアップグレードするのに使おうとしている。
上海に行けばもっと安く入手できないこともないが、
頭に病気をうつされ、財布を抜き取られる可能性もあり、
上海の警察官に出会うたびに鼻薬を嗅がせるのも面倒だ、と。
この人は上海にいるのではなかった。
前に戻ると、セントマーク大寺院の鐘の音がうんぬんと出てくる。
インド?香港?
改造パーラーでの順番待ちの間、バドは鼓膜に散りばめられたミュージックシステムにコマンドを呟く。
ケータイの画面を爪で叩くと、動画内のスタッフが数種のスカル・ガンをテストしていた。情報が更新されていないことを再確認、バドはアップグレードを実行するようだ。
改造師はバドに所持金を見せるよう要求し、バドはそれに従う。
麻酔をかけてもらい、頭皮の一部が剥がされる。ロボットアームがバドの頭蓋骨に埋め込まれた既存の銃を取り出し、新しい銃を取り付ける。
傷跡が残るように注文することもできたが、それを嫌う女の子もいるということを耳にし、やめておく。そもそも、バドの瞳には照準の入ったサングラスが仕込まれていて、傍目にもそれが分かる。その瞳を見ただけで、人は避けてくれるという。
バドは、唇を動かさず、小声で銃に命令した。
ステイタス、スタンバイ、ハット。
頭に反動を感じ、頭上に閃光が光った。
バドは銀行の一部屋で、クレジットカードについて質問している。
発行できるとなると、バンカーはそれを客の骨盤か側頭骨に埋め込む。
骨にマウントし、電波を拾うためだという。自分はそれを買いたいと意思表示するだけ。あとは、カード会社とショップがやり取りしてくれる。
バドが気になるのは、延滞した時の取り立て方法だった。
バンカーはビデオを流した。
ビデオでは、収容施設は清潔で快適なベッドをご用意していると案内している。子どもと一緒の滞在も可能だという。労働環境は業界随一。
付加価値の高い商品を生み出しているという。
バドは、具体的にどのような手順で集金されるのかを詳しく知りたがる。
その辺りのことは、お客様のほとんどは念入りな気配りはなさいませんので、とあしらわれる。
しかし、教えてくれた。丁重な督促、肉体的苦痛、大掛かりな人命の操作、の順だという。
バドは、パンフレットだけもらっておくと言って、銀行を後にした。
この著者は世界を縦横無尽に描く。出会わないような世界をいずれ出会わせる。
運び屋の囮の世界も、ナノテクの世界も、覗き見ることができる。
そして、小説の中でも旅が多い。なぜか船旅が多い。今のところ。
・・・魅力的。
場面変わって。
上海の上空に、飛行船が三隻飛んできた。
一隻はアトランティス号。可愛らしいプリンセス・シャーロットが手を振りながら下船した。今日誕生日を迎えるという。
もう一隻、エテーテル号には、ジョン・パーシヴァル・ハックワースというエンジニアであり、今回のプロジェクトリーダーが乗船していた。妻と孫娘と一緒だ。妻のグウェンドリンが孫娘のフィオナに読み聞かせをして寝かしつけると、二人は夜会服に着替え、舞踏会へと向かった。
翌朝、プリンセス・シャーロットは目覚めると、枕元にある包装紙を開け、
純金製のホイッスルを手にした。彼女がそれを吹くと、スマート珊瑚たちが集まってきた。子どもたちもエテーテル号、チヌーク号から駆け込んできた。
ジョン・パーシヴァル・ハックワースは、孫娘のフィオナがプリンセス・シャーロットと仲良くなっているところを白日夢に見ていた。そこへ、ワーズワースの詩を口ずさむ人影が現れた。
その正体に気づき、ハックワースは名刺を差し出した。
以後、お見知り置きを、と。
相手は、アプソープ出身で貴族のマグロウ卿だった。アプソープはマシン・フェーズシステムズ社とインペリアル・テクトニクス社を含むいくつかの大企業の、戦略的な連合体だった。今でいうGAFAMだろうか。
マグロウ卿は、朝鮮半島で生まれた。生後6ヶ月で養子に出された。養父母は二人とも大学院出身で、アイオワ州で有機栽培農場を営んでいた。金銭的な余裕はなく、マグロウ卿は14歳まで養父母から教育を受けていた。図書館で古代ギリシャや古代ローマに関する本を借りたり、川でおたまじゃくしを取る、というような生活をしていた。他の子どもたちとは、教会かボーイスカウトでしか交流する機会はなかった。ある時、アイオワ州の空港で事故があり、ボーイスカウトたちと救助に当たったことがテレビで報道されたことがあった。彼は人として当たり前のことをしただけなのに、と不思議に思った。
公立のハイスクールでの成績は中ぐらい、ハイスクール卒業後は、両親の農場経営を1年手伝ったあと、アイオワ州立科学技術大学に入学した。専攻は農業エンジニアリングだったが、二学期目から物理学に切り替えた。とはいっても、関心のある科目だけを受講し続けた。情報科学、古代音楽など。学位は取れずじまいだった。しかしマグロウは、余暇に本を読み、音楽を聴き、芝居に通った。
固体物理学研究室の助手を務めていたある夏、町が大洪水に見舞われ、数日に渡り、島のようになった。マグロウは、町の人々とともに、砂袋やビニール袋を駆使し、堤防を作った。そして再び、ネットニュースに取り上げられた。
養母が亡くなったため、マグロウは卒業証書なしに農場へ戻り、数年間、農場の切り盛りをし、実地でビジネスを学んだ。そして母が亡くなると、単身ミネアポリスに移り、かつて大学時代の教授が設立した走査型トンネル顕微鏡を製造する会社でナノテクノロジーの研究をする仕事についた。朝から晩まで研究に没頭した。その会社がアプソープに吸収されるまで生きながらえ、それどころかアプソープを導き、発展させることに貢献した。株主貴族の高い地位に上り詰めたのも、当然のことだった。
ハックワースとマグロウ卿は再び会話を始めた。
ハックワースは、今回のプロジェクトでも、部分的に関わらせていただいております、と挨拶した。
ほう、どのような部分で?とマグロウ卿は尋ねる。
ハックワースは、この方はこういったことにも通じているはず、と、
PIに関するものです、と答える。
マグロウ卿は、私の若い頃はAIと呼ばれていた、と顔を綻ばす。
やはり、通じていた。
ハックワースは、この島で動いている花、鳥、植物、恐竜、建物、全ての動いているものをPIで動かしているという。
マグロウ卿はハックワースにいくつかの質問をし、ハックワースは回答した。ここの学校の教育は、かつてワーズワースが非難したようになりかけていないか、と質問すると、そう思う、とハックワースは答えた。
マグロウ卿はハックワースに新たなプロジェクトを仕切ってほしい、と切り出す。
マグロウ卿は、孫のエリザベスを現在の学校とは異なる方法で育てたいと自らの決心を述べた。