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子供に理解できるように教えるのは難しい。

読むことと書くこと

この二つは常に一体であることは、言を待たないかと思いますが。

これが中々難しい、読むことは出来ても、今度はそれを文章に起こす、もしくはそれを元に自分の考えをまとめる。

自分自身の得手とする分野であればいざ知らず、そうでない場合は中々悪戦苦闘することがあります。

実は、先日も「柳宗悦」の「南無阿弥陀仏」という本を読み終えたのですが、何となく読んでいるときは理解できている感覚になるのですが、さて今度はそれを自分の中でアウトプットしようと思うと中々出来ない。

完全に消化して己煮の血となり肉となっていないのかもしれないです。

何度も、何度も書きかけては上手く自分なりの解釈が出来ないで、立ち止まってしまう訳です。

困った困った・・・本当に困ったものです。

他力本願とは・・・他力とは何か?

そんな風に考えながら頭を悩ませてしまう。

本に書いてあることをそのまま文面上だけ読んで、判ったつもりになるのも一興でしょう。

しかし、それでは本当に理解できたのかというとやはりどこか不安になる。

というか、説明しようとするとどこかで本の内容をそのまま語ってしまって、聞いている方にしてみれば理解できなかったりするのです。

理解を深めるもっとも良い方法は、人に教えることだという。
何故そうなるのか・・・そうしたことを相手に判る言葉で伝えていく。

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これって実は結構難しい。

最近、縁あって小学生(3年生)までのお子さんの勉強など見る機会があるのだが、子供に判りやすく、かつ正確に伝えるのは結構難しいなぁと改めて思うわけですね。
余り専門的な用語で喋れば子供に通じない、そうかといって簡略化しすぎると、子供を騙しているようでこれも具合が悪い。
その中庸とでも言うのかな、学齢に応じた、その子供の学習到達度合いに応じた言葉で知識を伝えていくのはこれまた難しいなぁと思う反面、面白いなぁと思ってしまうわけです。

そう考えると、本当に毎日が勉強であるし、学齢に応じた子供に理解できるように難しいことを易しく話すのは、格好の頭のトレーニングになると密かにほくそ笑んでいます。

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