ショートショート70『とある若手漫才師が解散する理由』
とある若手漫才師が、公園で壁に向かいあいながら、ネタ合わせをしていた。
●「どうも~エメラルズです~」
■「拍手すごー!ああ痛いでしょ、手がね、もういいですよ~そんなそんな~」
●「誰も拍手してへんがな」
■「いや、アイツだけしてる!」
●「やめやめ。お客さんに指さすな。ま、突然やけどね、我々もええ歳やんか」
■「ああ今ちょうど33歳でね」
●「ちょうどてなんや。中途半端やろ」
■「まあいいじゃないですか、ねえ~?」
●「ねえ~やなしに。でね、結婚とか考える歳やんか」
■「そりゃあいつかはね」
●「でもうまくプロポーズとかできるかなって」
■「あ いける おれ できる」
●「なんで急に片言やねん。ほんまにできるか?」
■「できるできる。ちょ、相手役やって。俺、プロポーズするから」
●「オッケー。…ひろしくん……話ってなに?」
■「いや、その…あの……あいや、え~と…」
●「なに?はっきり話して?」
■「アイラァビュゥ!」
●「日本語使えよ!」
■「愛して……る?」
●「なんで聞く側やねん!」
■「今度の巨人対阪神の試合で、誰かがホームラン打ったらプロポーズするよ」
●「なんで人まかせやねん!…………ちょ、待って。やめよ」
ネタを中断する●。■とのあいだにやや緊張が走った。
■「ん?」
●「……このネタ……つまらんわ。ボケのお前にネタ考えてきてもらってて、すまんけどさ」
■「……そうか」
●「なんか違うの考えよや」
■「……その前に俺も言わせて」
●「ん?」
■「解散しよ」
●「え?いや、……え?」
■「前々から思っててん」
●「いや、待ってくれよ。こんなことで」
■「こんなことちゃう!前々からや!……お前のツッコミはな……愛が……愛が足りてへんねん!!」
●「……愛?」
■「そうや!愛や!これは漫才において、めちゃくちゃ大事なことや!」
●「そんなこと……!俺なりにちゃんとやってたつもり…」
■「いいや!今日のネタもそうや!愛があったのは、俺だけや!!!」
●「それなら俺も…」
■「いいや……!さっきの漫才中も、全部のセリフ思い返してみぃ。ずっと“あい”があったのは俺だけや……お前は一回も“あい”が……なかったわ……それどころか、“あ”も“い”すらも、一回もなかったわ……」
●「あ……い……?」
とある漫才師が解散する、他愛ない理由であった。
【文章 完 文章】