棚の本:イワン・イリッチの死
ロシアの文豪トルストイの小説です。
くまとら便り
トルストイが初めての方に(棚主のような)、おすすめしやすい薄さです。
主人公のイワン・イリッチは法律学校を卒業し、公務員(最後は中央裁判所の判事)になり、恋愛を経て結婚し、子どもをもうけ、転勤し、念願のマイホームを買い、仕事に打ち込みます。
そして、題名のとおり、死を迎えます。享年45歳。
イワン・イリッチは死の直前に、何を思うのか・・・
1884-6年にロシアで書かれた作品ですが、本作で描かれたイワン・イリッチの生涯は、令和的な新しい価値観が浸透しつつある今の日本でも、まだ誰かの身に起こりうる出来事に見えます。
イワン・イリッチの死の床での苦悶と、最期の描写は、自分や周囲と全く関係ないこと、と無視を決め込むことができないのです。
1880年代のロシア社会の様相が現代の日本と似ているのか、人間がそのようなものなのか、いずれにしても文豪トルストイの観察眼に驚かされる一冊です。
ー階層・組織・制度・役割といった要素が、硬質的な情報(ミーム)として私に侵入し、生き物としての私が徐々に変質していく。
ピラミッド型の単純な椅子取りゲームでは、席が空くのを望まないわけにはいかず、次第に、誰かがいることでなく、誰かがいなくなることを奥底で望むようになる、といった具合に。
ある時期を境に、近しい人間関係のネットワークにも影響が出始めるけれど、小さな異変を当然のごとく受け入れ、むしろ、社会のシステムが提示するわずかな報酬と欲動のために、自ら望んで、順応してしまう。
形式的・儀礼的・表層的なふるまいで。
何かに背を向けて。ー