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小さな物語。

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掌編・短編集。
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#短編

【短編小説】夢見る魚

【短編小説】夢見る魚

講義が退屈だと感じると、僕らはいつもA棟の裏で煙草を吸っていた。煙草がうまかったわけでもなく、そうすれば話題がなくて手持ち無沙汰な状態になっても、一緒にいる理由があると思ったからだ。直也も同じように、考えていたのかはわからない。直也は会話を繋げる努力をいつもしなかった。
「この間読んだ小説、クソつまんなかった」
 そう愚痴を吐くために煙草を口から離すと、僕のスラックスの膝に燃え滓が落ちた。
「何読

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【掌編小説】忘れていた秋の色

【掌編小説】忘れていた秋の色

 ぷちん、と呆気なくそれは切れた。使い始めて初日というのに、動揺も苛立ちも感じなかったのは、それが三百円均一で買った安物のネックレスだったからだ。三十歳過ぎて三百円均一? あり得ない! 友だちの直子はそう言うだろう。いつだったか、SNSで「大人になればなるほど、安物の服が似合わなくなる」と呟いていたひとがいた。わたしはチェストの上に置いた鏡を(これも三百円均一)手に持ち、鏡の前で口をいーっと真横に

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【掌編小説】片割れ

【掌編小説】片割れ

 同い年だとはいえ、男の子とうりふたつと呼ばれることに、その頃のわたしは何の嫌悪感も抱かなかった。それが、いじめの主犯格の後藤くんや、消しゴムの滓を集めることにしか喜びを見出せない田所くんだったとしたら、事情が異なっていたかもしれない。学業もスポーツも、加えて容姿も申し分ない――翔太だったから、中学に入学しても揶揄されるようなことを言われても、気にも留めなかった。あるのは優越感? いや、少しは嫉妬

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わたしの、優しい悪魔【後編】

前回のお話はこちら……↓

 いったい、雪人のほんとうの顔はどれなのだろう。

 夕飯を作りながら、わたしはときおり雪人のことを思い出し、ぼんやりとしていた。裏表のある人だとは思う。けど、彼の本心が何なのかがよくわからない。
(わたしのスマホに自分の番号を登録したのって、心配だったから?)
 深読みし過ぎだと自分でも思うけど、そう信じたくもあった。
 ちくわとピーマンのきんぴら、豚肉の塩ダレ焼き、

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わたしの、優しい悪魔【前編】

わたしの、優しい悪魔【前編】

 その日のバス停には、誰もいなかった。わたしと彼以外には。

 キャンパスから出たら鼻の奥が、つん、と痛くなって、手のひらで鼻を覆うと雪が指先についた。12月の初めに降った雪はまだ小さく、少し湿り気を帯びたそれは、石畳の階段に音もなく吸い込まれていく。わたしは剥き出しの手に、はあ、と温かい息を吐きかけながら、正門を抜け、目の前にバスが通り過ぎて行くのを、あ、と間抜けにも口を開いて見送った。そして通

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ついてくるもの

ついてくるもの

 夜道を歩いていると、ついてくるものがあった。
 街灯のしたで、私が立ち止まったら、ついてくるものの足音が聞こえなかった。消えたわけではない。もともと、足音というものがなかった。
 ふりむいたら、そこに少年が立っていた。驚くのはこっちのほうなのに、なぜだか少年も一緒に驚いた顔をした。しらない少年だったが、どこか、誰かの顔と似ているような気がした。
「ついてこないで」と私はつとめて不機嫌な声をだした

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