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油性ボールペンの書き味

 突然だが、読者の各々方は普段どのようなボールペンを使っているだろうか。少し文具を齧っている人間だと、「私はジェットストリームしか使わないの」とか「サラサが一番。異論は認めない」という人もいるのではないだろうか。ちなみに私は、つい4年ほど前までは細字ゲルインク狂であった。ハイテックCに始まりエナージェルユーロ、サラサと渡り歩いた(というより同時所有なのだが)。ゲルインクは油性インクに比べて発色が良く、そこがお気に入りポイントである。

 しかし、この記事で語るのは油性インクである。世間の皆さんが油性インクについてなんとなく、脳死状態で考えているであろうことに一石を投じたいのだ。

 油性インクは、各種ボールペンの中で最も古く登場したものの、水性・ゲルインクの登場を機に2006年まで衰退の一途をたどっていた。それが、その年のある出来事を境に一気に息を吹き返し、再びスターダムにのし上がった。その出来事とは、誰もが知る『ジェットストリーム』の登場である。今までの油性ボールペンとは似ても似つかぬ滑らかさ。同年発売のフリクションとともに日本の文房具ブームを牽引した存在といっても過言ではないだろう。それ以降は、各社こぞって低粘度油性インクの開発にいそしみ、アクロインキ・エマルジョンインク・ビクーニャ・リポータースマート・サラボ・G-FREEと挙げればきりがない。

 ジェットストリーム以降、各社が新たに発表する油性インクは全て「滑らかさ」を前面に押し出したものになっている。当然だが、これは世間が滑らかなインクを求めているからであり、滑らか至上主義ともいえる世の中を作り出している。古いタイプの油性インクを搭載した商品はどんどん廃れ、今なおフラッグシップとして残っているのはゼブラのクリップオンマルチの系列のみではなかろうか。

 私は4年ほど前から万年筆の世界に足を踏み入れ、現在進行形でずぶずぶと沼に沈んでいる。とはいえ、万年筆のインクがすぐに流れることや、複写に使えないことなどからボールペンを完全に手放すことはできない。あと、起動性はボールペンが圧倒的だ。M5手帳と一緒に持ち運んでいるのはペリカンK320である。そして思った。「書き味が滑らかなこと」と「書きやすいこと」は本当に同値なのか、と。

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 万年筆というのは固定されたペン先を紙に擦り付けてインクを出す筆記具であるから、どうしても筆記抵抗がかかる。一方、ボールペンの滑らかさはボールの回りやすさ、すなわちインクの粘度に影響される。インクがサラサラであればボールは簡単に回るし、ドロドロなら回すのに力が必要だ。私は万年筆の書き味に慣れた結果、筆記抵抗があることが当たり前になってしまい、むしろ抵抗がないとペン先を思うようにコントロールできなくなってしまった。そして、低粘度油性インクではその抵抗を再現できないのだ。ボール径が細ければその分の抵抗が増すので何とか対応できるが、球径が0.5mmを超えるともうペン先が暴れ出してしょうがない。それを抑えるために無駄な筆圧をかけて、最終的に腕がパンパンになるのがお約束である。

 低粘度油性インクにはもう一つの弱点がある。それはインクダマが非常に出来やすい点だ。インクがサラサラなので、ボールにまとわりついて送り出される量も増え、紙につかなかった分がペン先にたまり、あるタイミングで一気に紙の上に落ちる。旧来の油性インクでも見られた現象だったが、低粘度にしたことでさらに顕著になった気がする。ダマが次々出来た筆跡は見ていて気持ちの良いものではない。

 ここまで述べたように、低粘度油性インクにもそれなりの問題点(というには少し大袈裟か)がある。実際に自分の手でいろいろなペンを書き比べた結果として低粘度油性インクに行きついたのであれば、それは個人の好みなので私に口出しする権利はない。しかし、周りが「ジェットストリーム書きやすい」というから書きやすいんだろうな、じゃあ使おう、というような脳筋的発想で低粘度油性インクを使っているのなら、自分にとっての『本当の書きやすさ』を見つけるべく、文具屋に行っていただきたいと切に願う。

 じゃあお前はどんなペンが好きなんだ、というツッコミが飛んできそうなので、それについても書くことにしよう。私が愛用しているのはカランダッシュというスイスのメーカーの、レマンというモデルである(冒頭の写真の一番下のペンがそれである)。私がこのペンを気に入っている理由は、ほかでもないインクの完成度である。カランダッシュのハイエンドモデルには「ゴリアット芯」という替芯が対応するのだが、これがものすごい。筆跡は普通の油性ボールペンと同じなのだが、非常に硬質な書き味(遊びとか隙間がない感じ)で、どれだけ書いても一切ダマができる気配がない。筆圧の強弱にも繊細に反応し、さらになんと筆記距離は驚異の8,000mを誇る(ジェットストリームは単色用芯で500~800m)。私はこのゴリアット芯を超える替芯に出会ったことはない。レマンは新品で30,000円以上するはずではあるが、このゴリアット芯を使えるペンは、「849」というモデルを最安で3,000円から手にすることができる。ぜひお買い求めを。あなたはきっとゴリアット芯のすばらしさの虜になる。

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