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ことことこととジャムを煮る

 真夜中のキッチンで一人、煮る。
 何故真夜中なのか。
 それはこちらに書いたから興味があったら読んでもらうとして。

 家族が寝静まった暗闇のキッチンが好きだ。
 レンジフードの、オレンジ色の小さな明りだけで、鍋をひたすら見つめる。
 そんな時間が。

 母の実家から山程のガーデンハックルベリーをもらった。
 もらった、というよりも押し付けられた。
 ジャムは何度か作ったことがあったし、そんなに消費できるものでもないし、実際毎日食べたいかと言われればノーだし、結局砂糖とレモンの味しかしねーじゃん、と暴言を吐いてしまうほどなので、毎年作りたいと言うようなものではない。
 ある日、野菜が山程とれたから取りに来て、と言われて回収に行った。
 様々な野菜を大量に受け取り、大きなエコバッグに詰め込んでいる間に、叔母が白いレジ袋にいっぱいのガーデンハックルベリーをいつの間にか荷物の中に紛れ込ませていた。
 家に帰って野菜の仕分けをしていて気づいた。
 やられた。

 母の実家は農家で、伯父の時代までは兼業農家をして米や野菜を育てていた。
 祖父母の時代はかなりの数の野菜を育て、きれいな畑だったが、伯父の代になって少し、手入れが疎かになった。
 そして、伯父が亡くなり、妹である叔母がそのあとを引き継いだのだが、叔母が趣味でやっている畑はかなり荒れ果て、「作りたいものを作る」だけになった。
 叔母は、驚くぐらいに食に興味がない。
 米農家のくせに「米の炊けるにおいが嫌」と言ったり、夏の間生り続けるのに「トマトが青臭くて嫌」と言ったり、「食べたい気持ちにならない」と食事すらほとんど取らない。
 なので、畑でどんどん育っていく野菜たちは方々に配られるだけだ。
 もちろんウチはその筆頭。
 そして、自分は食べないのに、大量に作る。
 ガーデンハックルベリーを作りたい、と去年言っていたのを、殴ってでも止めておくべきだった。いや、実際は殴らないけど。

 そんなわけで、荒れ地のような畑でも、彼らは育つ。
 なかなかにたくましい。
 レジ袋の中のガーデンハックルベリーは、ざっと2~3キロ。
 嘘だろ、おい。

 何度か作っているから、作り方は覚えている。
 仕方なく、袋の中のそれを、枝から外してボウルに落としていく。固い実をぽつぽつと枝から引きちぎるように外して、ステンレスの大きなボウルにこつん、こつん、と落としていたら、いつの間にか音が聞こえなくなった。
 ボウルの底は見えなくなり、ほとんど黒に近い小さな実がぎっしりと積み重なっている。
 量が多くて、枝を外すだけで30分以上かかった。
 さて、今度は洗ってヘタを取る。
 金ダライに水を張って、ざらざらとガーデンハックルベリーを入れ、ぐるっとかき混ぜ、ゴミを流してやる。
 結構汚れているので、何度も水を替えながらヘタを外し、水がきれいになるまで繰り返す。

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 終わったらザルに上げ、大きな鍋に投入。水を注ぎ、重曹を適当な量入れ、火にかける。
 温まってくると、次第にゆで汁の色が青くなっていく。
 とてもきれい。
 最初は薄い青。そこからどんどん濃紺へと変化する。
 スプーンですくってみる。
 ああ、このままゼラチンで固めてしまいたい。
 とてもきれいなゼリーになる。
 まあ、しかし、味は最悪だ。試しに舐めてみたことがあるけど、うげーっと言いたくなるくらい不味い。

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 沸騰してくると、重曹のおかげでしゅわしゅわと泡が立ってくる。炭酸水をかき混ぜたみたい。
 そして、あんなにきれいだった濃紺は、鮮やかな緑に変わる。
 これも澄んでいてとってもきれいな色。
 このままゼラチンで固めて──いや、不味いって。やめとけ。
 しばらく煮ていると、どんどん泡が立ってくる。
 ガーデンハックルベリーはアクまみれ。この泡が全てアクかと思うと恐ろしい。

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 ガーデンハックルベリーなどという名前がついているが、実はナスだ。
 つまりベリーではない。
 見た目はかわいく、甘酸っぱそうなベリーそのものだが、よく見ると確かにナスだ。
 そして、花もやっぱりナスだ。色は白いけれど。
 何でナスをジャムにしなくちゃいけないんだろうな……などと遠い目をしてしまうけれど、ジャムやシロップにする以外、こいつは食べようがない。
 こいつ自体には味がないので、大量の砂糖とレモンをぶち込んでジャムにする。
 つまり、砂糖とレモンの味しかしない。
 困ったものだ。

 魔女の釜のような毒々しい緑の泡が立つ鍋の中から、一粒取り出してつぶしてみる。
 それから一応、舐めてみる。
 苦みや渋みがなければアク抜き完了。ザルに上げてからもう一度金ダライに水を張って優しく回転させ、余計な汚れや、こぼれた種を落とす。指先でそっと実だけをすくい、鍋に移していく。
 さっと洗ってザルに上げてすぐに鍋に移してもいいのだけれど、厄介なことにこいつには結構邪魔になる細かな種が多くて、食べていると舌に残ってしまうので、できるだけ取り除きたいのだ。気にならない人はやらなくてもいいと思う。

 適当に生きているので、分量など量らない。
 鍋に入れたガーデンハックルベリーの上に、適当に砂糖をぶち込み、適当に濃縮還元のレモン汁をだばっと入れる。もちろんレモンは生を絞ったり、刻んで加えてもいいけれど、面倒くさいのでいつでも簡単濃縮還元様のお世話になる。
 あとはゆっくりことことと煮るだけだ。
 ようやく私の癒しの時間。
 深夜のキッチン、薄暗いそこに立ち尽くし、鍋を見つめる。
 ことこと……ことこと……
 ああ、落ち着く。

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 黒だの青だの緑だのにころころ変わっていたが、ここからはただただ紫。
 レモンと反応してきれいな色になる。
 不安なら水を少し足してもいいと思うけれど、砂糖とレモン汁を入れて煮ていると、水分が出てくるのでそのままでも大丈夫。
 ただし強火は厳禁。
 途中、味見をして好みの甘さと酸味に調味する。
 冷めると甘みは控えめになるから、気持ち甘めに。
 やわらかくなって舌で簡単につぶれるようになったら完成。
 煮詰めすぎると固くなってしまうので、ゆるいかな、と思うくらいで火を止める。

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 ああ、今年も作ってしまった。結局、瓶4つ分になった。
 これを、一年かけて食べきる。
 ヨーグルトに乗せて混ぜたら、その色の美しさがよく分かる。
 きれいだ。
 そして甘くて酸っぱい。つまり砂糖とレモンの味。
 こらガーデンハックルベリーよ、お前、味に自己主張ってものがないのか?
 まあ、あっても困るか。所詮ナスだ。

 瓶4つ分を消費するため、ナスのジャムを食べる。
 いや、ガーデンハックルベリーのジャムを食べる。
 アントシアニンだけは豊富なので、それだけが救いだ。
 私の目が元気になることを願って、一生懸命食べることにしようと思う。

 了

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