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途絶える

ついに長年続いて来たビタミン家の歴史が終わってしまいそうだ。


などと、なんだか大げさに書いてしまったが、我がビタミン家は何十年も続けて来た米作りを来年から止める事になった。


米作りを止める一番の理由は父親の体調の悪化だ。


過去に何度か書いたが父親のビタミン・アントニオの右腕は今は麻痺してて、もうほとんど動かない。


そんな体なのに今年まで米作りを続けて来たのが本当に奇跡的なんだけど、最近ついに父親本人の口から「もう来年は米は作らない……」という超弱気な言葉が飛び出した。


実は早くに適切な治療さえしてれば父親の右腕の麻痺は治ってた可能性が高かった。しかし右腕の痺れの初期の頃に父親はネットも使えず無知だったがゆえに、この痺れは肩コリが原因だと勝手に自己判断してしまい首の後ろを母親の足で強引に踏ませてマッサージした結果、結局それが原因で最悪な状況をもたらした。


俺が都会から実家に戻った時には時すでに遅しで、父親の右腕はもう手術するしかない手遅れの状態だったのだ。


悲しいかな、無知が引き起こした悲劇とも言えるが、右腕の痺れの初期の段階で俺が家にいたのなら、早い段階でネットで症状を調べて父親を病院に行かせたはずだった。悔やんでも悔やみきれないがタイミング的に俺ではどうする事も出来なかった。


父親はそんな体なのに痛みと痺れに耐えながらも10年以上も米作りを続けて来たが、今年はついに体力の限界が来たというわけだ。


我が家の米作りの歴史が終わる事はなんとも悲しい事だが、なんだかホッとしている自分もいる。


なぜなら、わざわざ自分たちで米を作るよりも、店で米を買った方が良い事が多いからだ。父親と母親の体の負担と米を作る時の経費を考えれば、圧倒的に店で米を買った方が安く米が食べられる。だって去年作った米でさえ今年1年では食べ切れずに余ってるし、家族3人で食べる米の量などたかが知れてるから米は店で買った方がどう考えても合理的だ。


本当は息子である俺が米作りを継ぐことが出来れば一番いいんだが、なんたってジョージは社会的には一人ぼっちの孤独な男……


今、孤独で寂しいと嘆いてる人。よく考えてほしい。


今現在、親密な友達がいなくとも会社の同僚と会社での付き合いがあったり、LINEに誰かの連絡先が1人でも入ってる人はそれは孤独ではないのですよ。俺なんて両親以外の人とはまったく関わりがない、言わば俺こそが孤独のプロフェッショナルだとも言える。もちろん俺のLINEには誰の連絡先も入ってないから当然のごとく誕生日であろうと大晦日であろうと、誰からもメッセージは来ない。たまにTikTokのメッセージボックスになんだか怪しいカタコトの日本語の女性から「あなたとセクスしたいです。カラダが熱いです。もう我慢ムリ。LINEIDはこれ」などという思わせぶりなメッセージが来るぐらいだ。


今年の俺はロマンス詐欺に引っかかりそうになったから、もちろんこんなカタコトの怪しいメッセージなんかで騙されるわけがない!!いいか!国際的詐欺グループよ!今の成長した俺は女性からの優しい言葉など10件中8件しか騙されない!!今の俺の鉄壁のディフェンスを舐めんなよ!もう二度と偽りの甘い言葉には騙されませんから!!残念!!!



などと強がってはみたが……


もしかしたら、この女性からのメッセージは幼少期の頃から日本のアニメに慣れ親しんだ大の親日家で、憧れの日本の言葉を覚えるために何を間違ったか「週刊大衆」のエロ特集を見ながら間違った日本語の使い方を必死に覚えたウクライナ美女からのメッセージかも知れない……さらにもしかしたら、本当に体の火照りが辛抱たまらんと俺にエロスな救済を求めて来たアルメニアの性豪美女の可能性もあるかも知れない……


などと、針の穴に親指を通すかのような強引で無理やりなポジティブ思考を繰り広げようとしてる自分もいるが、もう止めよう……考えるだけで虚しさだけが募る。


まぁでも、こんな孤独でお馬鹿な俺がだね、ここで安易に「俺がビタミン家を守る!!俺が米作り王になる!!」などと安易に宣言してしまったなら、父親と母親がいなくなった後は俺1人でどうしたらいいの?となってしまう。


米作りなんて、とても俺1人じゃ出来ないよ。


それこそ俺1人なら店で米を買った方が遥かに安上がりだ。


でもね、何十年も続けて来た米作りを止める父親の無念な気持ちは俺にも痛いほど分かる。自分達だけが食べる為の米作りじゃなかったんだよ。店で米を買う方が体も楽で経費もかからないのは十分に分かった上での覚悟の米作りだったんだ。


そもそも米作りを止めると田んぼが死ぬんだよ。先祖代々受け継いだ大事な土地が死んでしまう。後の子孫の為に、土地を殺さない為に、だから非効率でも体がしんどくても、それでも両親は苦労しながらの米作りを何十年も継続して来た。


その崇高な思いを、自堕落で情けない俺が途絶えさせる。


でも最近は米作りをしなくなった家は本当に多くて、これはビタミン家だけの問題じゃなく、この地域全体の問題でもある。


後継者不足、それはすなわち過疎化だ。


まさに後20年もすれば我が家から半径1キロ以内に住んでる人間は多分俺だけになってしまうだろう。


都会に住んでる人には想像も出来ないとは思うが、今の日本では「消滅可能性自治体」というものがあるのだ。


それは2050年までに20代から30代の女性が半減し、最終的には消滅してしまう可能性がある自治体のことだ。
 
その数、なんと日本全体の4割にあたる、


「744」


今年はもう終わるから、2050年までは後25年ほどだ。


後25年で日本全体の4割にあたる744もの自治体が存続出来ない可能性がある。


ということは、俺の住んでる地域も間違いなくこの中に入ってるはずだ。


この過疎化の問題はかなり前から分かってた事で解決策は子供を増やすしかなかったのだが、今から日本が本気の本気で少子化対策をしたとて、成果が出るのが20年後だろう。


 
「もう日本は終わりじゃね?」


 
などと、俺は無責任に思ってしまう。


要するに俺みたいな考え方がダメなのだ。結局考えるのは自分のことだけ。過去から現在まで、いかに自分が嫌な思いをせずに得になる事だけに動いた結果が手遅れとなる。


後世に残すべき大事なモノがあるのに、俺は今を生きる事だけを無責任に考え生きて来た。


朝起きて、たまに家の庭を歩いてるとビタミン家の庭は本当に隅々まで手入れされてるのに改めて気付かされる。
 
それは毎日のように母親のビタミン・マサヨがこまめに庭の手入れをしてるからだ。


ならば、マサヨがいなくなったら、一体、誰が庭の手入れするのか?


もちろんジョージには毎日手入れするなんてとても無理だよ。


だって今日庭の手入れしたって明日にはまた雑草は生えて来るんだよ?

だから、毎日手入れするなんて時間の無駄としか思えない。


でも、それでも後の事を考えて、毎日、毎日、庭の手入れを頑張って来たのが母親のマサヨだ。この作業を何十年もコツコツとだ。


俺を含めた後の人間にツケを残さぬ為に。


今の日本が発展して来たのは、後の人間の事を思って毎日毎日一生懸命に働いた日本人が昔はたくさんいたからだろうな。


今は冷めてる俺でも、昔は寂しさで心が痛くて、その寂しさに耐えられないよ!心が毎日迷子だよ!と嘆き悲しみ、なんとも人間らしい男だった。


だから、心の寂しさを埋めるために毎日のように頑張った。


それは騙されたっていい、お金だけの関係だっていい、とにかく人を、とにかく愛を求めて毎日行動していた。


それが今の俺はどうだ?!


1人では寂しいと思う心すら無くしてしまい、他の誰かと繋がる事すら放棄した人生しか歩んでない。


今の俺の人生は毎日自分の事しか考えず、自分の時間は自分の為にだけ使う人生だ。


「優しくしても何も返って来ない人のために自分の時間を使うのは本当に馬鹿げてる」


今の俺の心の中にはこんな冷めた思いが渦巻いてる。

 
でも、そんな思いで生きてたって、結局何も残らない人生になるだけなのは本心では分かってる。


人と繋がり人の為に使う時間は決して無駄な時間じゃないのも十分に分かってる。


 
でも、今の俺は何も動かない。


 
寂しさに苦しんでいた時は寂しさから解放される人生こそが幸せな人生だと思ってたけど、今はその寂しさを感じない理想の人生になったはずなのに、それなのに心の中は、毎日毎日、何も感じない虚無の世界が広がってるだけだ。


心が寂しくて苦しいからこそ、人を求めて人に優しくする。


そうして誰かの為に生きて、その思いを受け取った人が他の誰かにまた優しい思いを繋いで行く。


だから、今からではもう遅すぎるなんて考えずに、今日出来る事から始めよう。


誰かのために何かを残す人生を。


でも今はこんな孤独な俺だから、父ちゃん母ちゃんが必死に苦労して繋いでくれた思いと我が家の米作りの歴史を俺の時代で途絶えさせてしまった。


あなたたちの優しさや苦労がいっぱい詰まった思いを俺では受け止める事が出来なかったよ。


「今まで苦労して俺たちのために頑張って来てくれて本当にありがとう」


 
今はまだ両親への感謝の言葉を書く事だけが、俺の精一杯の出来る事だ。

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